こいのよかん19
「わかる……わかるぞ鯉よ! 大事な者はいつまでも見守ってやりたいものだ」
「そうなのです。わたくしはただ見ているだけではなく、守りたいと思ってしまったのです。分不相応な望みとわかっていながらも」
「いやいや、そなたの志、実に立派なものだ」
今日は平日。手を洗い、出勤の準備を終えて中庭に戻ってみても、鯉の相談はまだ終わっていなかった。同じくそれぞれ仕事に戻っていたすずめくんやめじろくんがひょこっと顔を覗かせてどうですかと目で問う。私が首を横に振ると、すずめくんたちは呆れたように肩を竦めた。
「あるじさまったら、ああいう身の上話が好きなんですから」
「そもそも人に優しいもんね、ミコト様。鯉は人じゃないけど」
「自分に重ねて見ちゃうんですかねえ。見守りたい〜だなんて言いながら、あるじさまはちゃっかりルリさまと結婚までしたのに」
すずめくんは唇を尖らせながら、サンダルを履いて中庭に下りる。後ろについていっためじろくんは、腕に巻物を抱えていた。仕事をさせたいようだ。
「あるじさま! その鯉もちゃちゃっと戻してくださいませ! お掃除が遅れます!」
「どうかどうかお許しを……」
「すずめや、そう責めるでない。この鯉にも事情があるのだ」
「ほだされちゃってもう!」
ぷんぷん怒っているすずめくんから守るように、ミコト様は鯉とすずめくんの間に立っていた。近寄ると、ミコト様は眉尻を下げて私を見る。
「ルリや、この鯉は中々に志高く、清い心の持ち主だ。百田の家を長年眺め、守れるように龍になりたいと言っておるのだ」
「百田くんの家、守られなくても強い気もしますけどね。百田くんも確か空手とかやってたし」
「いやいや、いくら強くとも何かあるやもしれぬ、そのときに力になりたいと願うのは想う者の性というもの」
めちゃくちゃ感情移入している。鯉の気持ちに同意できるほどには私は感動していないけれど、力になりたいと思う気持ちはわからなくもない。神様であるミコト様の力になりたいと思ったことがあるだけに。
「じゃあ、この鯉はそのまま進化させちゃうんですか? 龍に」
「そうさせてやりたいが……しかし百田の家は、龍が育つほどには水の気が強いわけではない。どこかの滝で修行せねば龍の力も発揮されぬだろう」
困った顔で言うミコト様に、龍になりかけの鯉は尾鰭を跳ねて言った。
「どうかお願いいたします。わたくし、どのようなつらい修行でもきっと耐えてみせます。立派な龍となり、百田の家を守りたいのです」
「おお、その心意気やよし……そうだな、都合がつく場所がないかあたってみてもよい。探すのは簡単ではないが」
ミコト様によると、龍が力をつけるためには滝が必要なものの、すでに有名な滝には龍が住んでいる。主である龍に許可を得て修行することになるけれど、龍は気が強いタイプが多いらしく、余所者が居候させてほしいとお願いしても断ったり、追い返したりしてしまうことが多いそうだ。
龍、意外と短気だ。
「まあどうにかしてみせよう。私の手の内に住まうそなたの願い、私が叶えぬわけにはいかぬ」
「ありがとうございます、このご恩は一生忘れません」
感動劇場になっているふたりを眺めながら、私はふと気付いた。




