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這い寄るモフモフ5

 最初に見えたのは白い右頬。無駄な部分を削いで磨かれた彫刻のようなラインに、薄い唇がすっとのって、輪郭が美しく走っている。そこから瞬いた黒い睫毛に視線がいって、一重で冴えた瞳を見ていると、黒いそれがこちらを見て、白い頬は音が聞こえそうなほど青くなった。


「み」


 そこから暗転。


「こと様? うお、」


 いきなり世界が真っ暗になると、人は平衡感覚を失うというのを初めて知った。膝をつくと、手に当たったモフモフが離れていった。

 近くで衣擦れの音が聞こえて、ミコト様が走っていく音が聞こえる。それが遠くなってやがて聞こえなくなった。


「え、真っ暗なんですけど。めじろくん? その辺にいる?」


 返事がない。自分が動く音しか聞こえないので、めじろくんがさっきまでいたところにいるのかわからなかった。

 手を床に伸ばすと板やミコト様の座っていた畳の感触があるけれど、いきなり真っ暗になって目の前に自分の手を持ってきてもわからないくらいなので身動きが取れなかった。


「ちょ……めじろくんいないの? ミコト様ー? 誰かいるー? 真っ暗なんですけどー!」


 視界がきかないと、手探りで空間を探っていても目の前になにかあるのではないかという心配で動くのが難しい。とりあえず床を触りながらめじろくんがいた辺りへ四つん這いで移動していると、ひそやかな足音がした。


「ルリさま、ここにいたのね」

「暗くて歩けないのね」

「紅梅さん白梅さん」


 細長い松明みたいなのを持った紅梅さんと、火の付いた灯台を掴んで持っている白梅さんが部屋にやってきて、ようやくぼんやりと空間を認識出来た。部屋の隅に置かれている灯台に灯りを移すと、きょとんと座っていためじろくんがようやく口を開いた。


「めじろは夜目が効きません」

「いきなり真っ暗になったもんね」

「ミコト様がルリさまに顔を見られて、咄嗟にお屋敷を夜にしたようです」

「まぁ、そうなのね」

「あちこちで皆が慌てているわね」


 夜行性の生き物でも、明かりが一切なければ動き回ることは難しい。紅梅さん達はそもそも目のない木なので何か違うらしく、火を点けて照らしながら様子を見に来てくれたらしかった。


「主様のあれを見たのね」

「ルリさまもとうとう見たのね」

「恐ろしかったかしら」

「主様を嫌になったかしら」

「いや……別に……」


 一瞬のことだったのではっきりは見えなかったものの、すっとした美人顔の左側が、よく見えていた右側と違っていたというのには気付いた。それからいきなり真っ暗になったので感想も何もなかったけれど、逃げ出したいとかそういう気持ちになりそうな気配もなかった。


「傷があるなぁくらいしか」

「ルリさまならそう言うと思いました」

「私も思ったわ」

「やっぱりそうよね」

「褒めてるのかけなされてるのかわからないけどありがとう」


 それでこそルリさま、とか言われているけれど、なにでこそなのか。めじろくんと梅コンビは私についてどういう印象を持っているのだろうかちょっと悩む。

 ととと、と軽い足音が近付いてきて、四角い提灯みたいなものを2つ持ったすずめくんが顔を出す。片方をめじろくんに渡しながら、屋敷のあちこちに灯りを灯していると教えてくれた。


「困りましたよう、月も星もないなら真っ暗になってしまいます。ルリさま、早く何とかしてください」

「えっ私か」


 屋敷中を走り回って様子を見てきたすずめくんは、どこもかしこも真っ暗になっているのを確かめたのだという。


「夏と秋のお庭の狭間にある倉がありますでしょう。どうもそこに主様は逃げ込んでいるみたいです」


 真っ暗な中で倉は閉め切っていたので姿は見えないけれど、そこにミコト様の気配があるのがわかるらしい。すずめくんに背中をぐいぐい押され、真夜中より暗い中を梅コンビに手を引かれながら主屋から東の建物へ移動し、夏の庭まで出た。

 途中、灯りを点けて回っている他の人達ともすれ違ったけれど、お頼み申しますとか色々言われてしまう。元はと言えば私のせいみたいなとこもあるのでぜひともこの状態を何とかしたいけれど、私に出来るのか不安だ。


 松明に移した火が倉をぼんやり白く浮かび上がらせる。扉に近付いてみると勝手に閂が外れたけれど、押しても引いても扉はびくともしなかった。


「あの、閉じ籠もってるなら少しそっとしといたほうが良いんじゃ」

「何言ってんですか! こんなルリさまの近くで閉じ籠もって、どう見ても追いかけてきてほしいってことでしょう! 少女漫画を読んでないのですか!」

「すずめくんは読んでるんだ……」


 乙女心がわからないのか! と言わんばかりにすずめくんに怒られたけれど、私がそれを言われる側なのはいまいち納得がいかない。


「ミコト様ー……いるんですよね? とりあえず出てきませんか? 真っ暗なのは皆困ってるんですけど」


 分厚い扉はノックしても音が全然響かない。

 後ろを振り向くと、すずめくんとめじろくん、そして梅コンビがそれぞれ明かりを持って立ち「もっといけ」とジェスチャーしていた。


「ミコト様ー、話し合いましょう。ずっと閉じ籠もってるなんて出来ないんですからとりあえず外に出てお茶でも飲みませんか」


 無反応。そもそも声が聞こえているのだろうか。心配してると、かちゃんと上から音が聞こえて、二階にある窓がほんの少し開いた。すずめくん達が「倉! よくやった!」とか言っているので、これまた普通ではないらしい倉自身が窓を開けてくれたらしかった。扉があかないのは、すずめくんいわくミコト様が力を使って封じているかららしい。


「ミコト様ー! 聞こえますかー! ドア開けてくれませんかー!」


 耳を澄ませてみても返事はない。風も吹いていないし、普段は聞こえる虫の音すらないので何か音を立ててないと圧迫感があるほど静かだった。それでもじっと待っていると、何かほんのり聞こえてくる。


「呻き声が聞こえるわね」

「泣いているのかしら」

「え……私、ミコト様泣かした? まじで?」

「主様は常々、『ルリにこのかんばせを見られたら生きていけない』とか言ってましたからねぇ」

「まじか……」


 大の大人を泣かしてしまったかもしれないとは。心なしかすずめくん達の視線が痛い気がする。

 何とかしてミコト様に謝って許してもらわなくてはいけない。どうしよう。窓まで上るしかないのだろうか。


「とりあえず」


 じっと黙っていためじろくんが口を開き、私達が注目した。ミコト様の一番近くで仕えてきた、澄ました顔の美少年が提案する。


「ごはんを炊きましょう。めじろはお腹が空きました」






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