おんぼろ社の大豪邸3
光が入ってくる外を背中に座っているため、御簾の中はよく見えない。けれど何となく、目の前に四角い板のような物が立っているのがわかった。
さすがに神様とか高貴過ぎるので屏風で姿を隠しているのかもしれないな。
そう思いながら待っていると、奥から「主様がいらっしゃいます」という声が聞こえた。丁寧な言葉遣いだけれど、声音からは私を案内してくれた男の子と同じくらいの幼い感じがする。このお屋敷は子供が多いのだろうか。
その声に従って隣りに座る男の子が指を突いて頭を下げたので、ぎこちないながら私も真似をした。
すっと障子が開いた音と、静かに歩いてくる音が聞こえる。ふわんとお香の香りが辺りに広がった。いい匂いだけれど甘いというわけでもなく、お線香に似ているけど煙っぽくもない不思議な香りだ。
「うっ」
ガッターン!!
「えっ」
「あ、主様」
いきなり御簾の向こう側で大きな音がした。向こう側で起きた柔らかな風が御簾を少しだけ揺らす。しばらくして、人が動く気配となにかガタガタしている音が聞こえる。
声と一緒にがつっと小さい音がしていたので、何かに躓いて屏風を倒してしまったのだろうか。神様が。
「……」
見えない向こうでガタガタと場を整えた子供が、「どうぞお座りください」と促すとその場は沈黙だけが残る。
しばらく待ってみる。が、何も起きない。
そっと近くにいる男の子の方を見ると、彼がわざとらしい咳払いをしてお辞儀をしたまま声を発した。
「主様、お連れいたしました」
「う、うむ。……よく来た。畏まらず、顔を上げよ」
「あ、はい。ありがとうございます」
アルジサマ、美声だ。
ぶっちゃけ大きい物音がしたせいで顔は上げてしまっていたけれど、どうやら一連の出来事はなかった体で進むようなのでお礼を言って体を元に戻す。
御簾と屏風っぽいものを挟んだ向こう側から聞こえているけれど、はっきりとこちらまで聞こえるいい声だった。ちょっと慌ててるっぽい雰囲気でもその美声が揺らぐことはないほどに。
何か言われるのかなと思って待っていたら、また沈黙。
男の子を見ると、くいっと顎を動かされた。私の番なのか。
「えっと、初めまして、箕坂 瑠璃です。知ってるかもしれませんけど」
「う、うむ」
「……えっと……」
男の子はしれっと座って動かない。どうすれば良いのかと思っていたら、御簾の向こう側にいる男の子が「主様、うむばっかり言ってないでなんか言って下さい」と促していた。非常に助かる。
「その、ル、そ、そなたの願い、私が確かに聞き届けた。我が庭は手狭だが、好きなだけいるとよい。何か入用のものがあればすぐに用意させる。庭も多いし、部屋もいくつかあるし、そのうちその、洋室とやらも創る予定だ。食事も和食だが、れしぴとやらも取り寄せていると言っていたな。あとは」
「主様、喋りすぎです」
「ああ、うむ、そうか。とりあえず、そんなところだ」
言葉を挟めない早口にどうしようか迷っていると、内側でツッコミが入った。
「えっと、ありがとうございます。お世話になります」
「うむ。好きなだけくつろぐがよい。我が家と思って。いや、そう、そこにいるすずめを供につけるので、何かあればそれに頼め」
「すずめ?」
「はい、すずめにございます」
男の子が手を使って器用に体の向きを変えると、にこっと笑ってお辞儀をした。
すずめって可愛い名前だ。くりっとした目とふくふくした感じがまさに雀っぽい男の子なので似合っている。
「あと、こちらにいるのがめじろだ。めじろは私の側にいる者だが、困ったときには頼むとよい」
御簾がすっと持ち上がって、向こう側にいた男の子が顔を覗かせた。すずめくんと同じ平安装束っぽいけれど、彼はきれいな黄緑色の服を着ていた。髪は真っ黒で肌は白く、涼し気な美少年である。同じような年頃のようだけれど、すずめくんよりもめじろくんの方が冷静な雰囲気だった。
「めじろにございます。よろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくお願いします、めじろ……さん?」
「お客様に大層に扱われる身分ではありませんので、呼び捨ててください」
「すずめのこともテキトーに呼んで下さい!」
「あの、お邪魔した身で私も別にオキャクサマって言うほどでは……」
「いいからいいから、めじろとすずめですよ!」
めじろくんのことを呼び捨てにするのはなんか雰囲気的にもちょっと時間がかかりそうだけれど、すずめくんは親しみやすい。
よくわからないけれど、私はここでしばらく過ごしても良いらしかった。こんな平安豪邸でどうしていいのかまったくわからないので、きっとこの子達に色々と頼ることになるだろう。
一通り挨拶が済むと、アルジサマとめじろくんは退場した。
御簾の向こうには朝顔の絵の描かれた木の屏風があって、結局アルジサマがどんな姿なのか知ることなく面会は終了してしまった。声からすると成人男性のようだけれど、神様にそもそも年齢とかあるのかはわからない。障子が閉まって歩いていった音が遠くなってから私は息を吐く。
「ちょっと緊張した」
「主様なんかちょっとじゃすまなかったみたいですね〜。もー締まらない人なんだから」
すずめくんは身軽に立ち上がって御簾を上げ、アルジサマのいた部屋を簡単に片付け始める。御簾はくるくると巻いて上から垂れる紐で結ぶシステムらしかった。意外に便利。風通しが良くなるとあの良い匂いがゆったりと風で流れていく。
国語の授業で平安時代はお香の匂いを服に移したりしていたというから、主様はオシャレな人なのかもしれない。
「さー、お顔合わせも終わりましたし、とりあえずごはんでも食べますか? 早炊きモードなのでもう出来てると思いますよ!」
「炊飯器あるんだ……ていうかちょっと待って。」
足、痺れた。
その後、動けない私の足をつつこうとしてくるすずめくんとの攻防を経て、私達は大分仲良しになった。
ルリの知らないところで。
キャッキャとふざけ合うルリとすずめを、遠くの柱からこっそりと見つめる影がひとつ。
「お前達……打ち解け過ぎではないか? 主を差し置いて!!!」
「いや、別に差し置いてませんが」
ぎりぎりと柱に爪を立てながら楽しそうな様子をじっと見つめている。
「ああ……気が張り詰めすぎたばかりに転ぶなどと……ルリは行儀のなっていない奴だと思っただろうか?」
「さあ」
「時間が戻るならやり直したい。頼りがいのある男だと思って貰いたいのだ!」
「そうですか」
用意した部屋の方へと歩き出す2人を見えなくなるまで見送ったあと、ウロウロする主を気にすることもなくめじろは次の予定のことなどを考えていた。あれこれと進めたい用事もあるのに、うじうじとまた姿が見えないものかと未練がましく動かない姿に溜息を吐く。
「それほどお気に召しましたなら、さっさと娶ってしまえば良いのでは!」
「ならん! そんな勝手な……私は……ちゃんとルリに親切にして好感度を上げ……色々なはぷにんぐを2人で乗り越えながら恋を育みたいのだ!!」
「主様、そういうのを現代用語で『キモい』というそうですよ」
めじろは今時の若い女子の嗜好を知りたいという主に少女漫画を与えたことを後悔し始めていた。
誤字訂正(2017/11/16)