こいのよかん17
「鯉よ、そなたが変化することは許さぬ。神命をもってその姿を留めよ」
「イ゛イ゛ィィヤア゛ア゛ア゛ァダア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ!!!」
ミコト様が神様っぽいオーラを全開にしながら、ウロコの最後の一枚を鯉のお腹にはめ込む。激しく暴れていた鯉はその瞬間に光に包まれ、そして抵抗をやめた。
「……も、戻った?」
「うむ……」
両手を鯉の尾ビレから離し、様子を見ていると、黒い鯉はぱく、と口を開けた。
「ア゛キラ……メ……ナ……ル゛リ゛ィ」
「怖っ」
「エ゛ェ……サア゛ァ」
いつも通りの呟きを残し、鯉の体はずるりと岩の表面を滑る。そのまま池に落ちて小さな飛沫を上げた。
「終わったようだな。皆、よう頑張った」
「いや諦めないとか言ってなかった? ほんとに終わってる?」
「私も力を込めて封じたゆえ、しばらくは大丈夫であろう……」
ミコト様の言葉がちょっと自信なさげだったので、私は若干不安を覚えた。しばらくってどれくらいだろう。少なくとも数十年単位であることを祈るしかない。
「ルリさま、あるじさま」
「あ、」
すずめくんに言われて視線を戻すと、もう1匹の鯉もいつの間にか岩の上から消えている。池に戻ったのかと思ったら、岩の下、陰になっているところにひっそりと鯉は隠れていた。
「うちの鯉が暴れたから落ちちゃったのかな」
「ルリさま、この鯉、震えております」
「えっ……ほんとだ」
しゃがんで見てみると、鯉の体がプルプルと震えていた。ウロコがめくれて見えている脚っぽい部分はきゅっと縮められている。
「寒い……わけじゃないよね。息が苦しいとか?」
「ビビっておりますね」
「ビビってるんだ」
私たちは鯉を観察するためにしゃがみ込む。
プルプル震えていた鯉の目は、鯉らしいどこを見ているのかよくわからない目だったけれど、私たちに囲まれていることは理解しているようだ。心なしかプルプルが激しくなっている。
「ミコト様、こっちの鯉はどうします?」
「ふむ……昇龍となるのは悪いことではないが……龍となったならば、うちで預かるわけにもいかぬ」
「滝ないですもんね」
いっそこっちも戻した方がいいんじゃ、と考えていると、プルプルしていた鯉が動いた。
「どうか……どうかお助けくださいませ……」
なんか、甲高い声が聞こえた気がする。
ミコト様と顔を見合わせてから鯉を見ると、プルプルしている鯉が口を動かしていた。
「お慈悲を……」
「めちゃくちゃ流暢に喋ってますよミコト様」
「そ、そうだな」
一言も喋ったことがないはずの鯉が、急に人語を操っている。
片言で叫ばれるのも怖いと思っていたけど、流暢に喋る魚も結構不気味なのだとわかった。




