こいのよかん16
プラスチックの部品をはめたような硬い音と共にくっついたウロコは、鯉がびたんと跳ねても落ちることはなかった。
「くっついてる!」
「あるじさま! その意気です!」
すずめくんはすかさず懐からビニール袋を取り出し、ミコト様に差し出した。
「落ちてたウロコはすずめが集めておきました! これも全部お戻しください!」
「集めてたの?」
庭に落ちていたウロコを掃除したとき、すずめくんは捨てずに取っていたらしい。もしかしてこの展開を予想していたんだろうか。
「あるじさま、こちらもどうぞ」
周囲に落ちていた、剥がれたばかりのウロコを素早く拾い集めためじろくんも、それをミコト様に差し出す。
ミコト様は2人に頷くと、さらにウロコを手に取ってパチンパチンと戻し始めた。
「鯉よ、姿を変えてはならぬ! 断じて!」
「ギエ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!!」
ミコト様に抵抗するように、鯉がびたびたと跳ね始めた。
叫び声が完全に妖怪というか懲らしめられる悪霊みたいな感じだ。
「ルリさま! そっち押さえてください! お早く!」
「あ、はい」
今にも岩から落ちそうなくらいに跳ねる鯉を、すずめくんとめじろくんが両手で押さえにかかる。私もそれを手伝って尻尾を掴んだけれど、力を込めても押し戻されそうなくらいに鯉は強く跳ねていた。
「ルゥリイ゛イ゛!! サンポイクウ゛ゥウ゛ウ゛ゥ!!」
「えっなんかしっかり喋ってない?」
「ジャマァスルナアアァ!!! シンカスルウ゛ウ゛ゥ!!」
「なんか語彙力増えてない?!」
「ルリさまもっと押さえて!」
激しく抵抗する鯉が、未だかつて聞いたことのないボキャブラリーを発揮している。ところどころ濁点混じりだけれど、今までよりも聞き取りやすくなっていた。
もしかして、進化したら流暢に喋るようになるのだろうか。ルリとエサの二言だけでも結構不気味なのに、あれこれ会話できるようになると何を要求してくるのか想像するのも怖い。
「ミコト様! 頑張って!」
「うむ! 鯉よ、諦めよ! そなたは鯉なのだ、鯉として暮らすがよい!」
「ウ゛マレカワルウゥゥゥウ゛ウ゛ゥウ゛ゥ!!」
「許さぬ! たとえ生まれ変わろうと、私のルリは決して渡さぬぞ!!」
ミコト様は険しい顔で見つめ、人差し指と中指で挟んだウロコを念とともに鯉の体へと戻していく。お正月のご祈祷よりも真剣な顔である。相手が暴れ鯉だということを除けば、凛々しくてかっこいい光景だった。
「ル゛リ゛イィィ!!!」
「渡さぬ!」
「ル゛リ゛ィトデートスルウ゛ゥゥウウゥ!!!」
「で、でえとなど!! 断じてさせぬ!!」
「モルディブシンコンリョコウ゛ウ゛ウ゛ゥ!!!」
「ルリは私と新婚旅行に行ったのだ!! そなたとは行かせぬ!!」
両者の激しい気迫のぶつかり合いは、ミコト様の方が有利なようだ。後光が差すほどにご神力を総動員させて、ミコト様は素早くウロコをバチバチとはめ直していた。
それはいいんだけども。
「……なんで鯉がモルディブとか知ってるの?」
「あるじさまが旅行雑誌を見ながらデートプランを練っていたからでは?」
「あるじさま、自分の世界に入ると独り言をおっしゃりますからねえ」
私の疑問は、すずめくんとめじろくんが解決してくれた。
とりあえずミコト様には後で、旅行雑誌は中庭で読まないように指導することにした。




