こいのよかん14
「え、これ、毛……だよね」
「うむ……」
「そうですねえ」
私たちの視線は、龍っぽい変化をしようとしている鯉から、謎のフサフサを生えさせている鯉へと完全に移った。
「なんで?」
「うぅむ……」
「なんででしょうねえ」
鯉から龍は、まだわかる。意味がわからないっちゃわからないけど、まあなんとなくはわかる。フサフサはまったく理解できない。
私たちがなんとも言えず黙っていると、そのフサフサの生えた鯉が動き、口を動かした。
「ゥル゛ゥリ゛ィ……」
「…………」
うちの鯉だった。
うすうすそんな気がしてたけど、フサフサしてしまった方がうちの鯉だった。百田くんちの鯉だったら、ってほんのちょっとだけ考えてたけど、そんな甘い結果じゃなかった。
「えーと、こっちが龍だったら、こっちは何だろう。もしかして人間になろうとしてたり……しないよね?」
「そ、そんなことはない……のではないか……?」
「ルリさま、人間がフサフサなのは頭であって、こんな場所じゃないと思います」
「あ、確かに」
鯉のウロコが剥がれている部分は、お腹や背中の部分だ。
顔の部分にはウロコがないので、当然フサフサも見えていない。
黒い毛はかなり密集して生えているので、人間だとしたらものすごく体毛が鯉……いや濃いタイプになってしまう。
「じゃあ、クマとかネコとか?」
「ルリよ、鯉がそのようなものになるのだろうか?」
「そもそも何かに変身すること自体普通じゃ考えられないですよミコト様」
「うぅむ、困ったな」
見た感じ、その毛は短毛のようだった。変身している途中だから毛が短いのかそれともそんなに毛が長くない生き物になろうとしているのかはよくわからないけれど、長髪がワサッと生えているよりは気持ち悪さは少ない気がする。
「クマは困るけど、ネコなら今よりもっと可愛くなりそうですね」
私が言うと、すずめくんが頷いた。
「ネコは鳥を捕まえるから好きではありませんが、少なくともお屋敷を水浸しにはしないでしょうね」
「ネコって水が苦手だもんね」
「はい。汚したら自分で掃除させましょう」
想像してみると、そんなに困らない気がした。大きな鯉が廊下でビチビチ跳ねているとお屋敷の掃除やら汚れた服の着替えやらで大変だけど、ネコがゴロゴロしても毛が抜けるくらいでコロコロがあれば対処できそうだし、何より見た目が圧倒的に可愛い。鯉の無機質な眼差しとネコの光る目だったら、断然ネコの方がいい。
「進化してくれたら嬉しいかも」
「そ、そうなのか?」
「ネコですよミコト様。ミコト様もネコモチーフのグッズとか好きじゃないですか」
「う、うむ、確かにかわいいものが多いが」
可愛くなるために進化していると思うと、鯉を応援したくなってきた。
そんな私たちに冷静な言葉を投げつけたのはめじろくんである。
「ルリさま、これがネコとは限りません」
「そう? でもクマでも鯉よりはかわいいと思うよ」
「人間と言う可能性はまだ捨てきれないと思います。そもそもこの大きさですから、人間であれば頭部だけになっているやも」
鯉の腹部からぬるっと出てくる人間の後頭部。ごろりと転がって見上げてくる目。
想像するだけで一気にテンションが下がった。




