こいのよかん13
ミコト様のお屋敷では、いわゆる伝説上の生き物的な存在を見かけることがある。うちの門番をしている獅子ちゃんと狛ちゃんも、材質は石だけど見た目は雲っぽい巻き毛とかツノとかあって不思議だし、朱雀はものすごく派手で光り輝いている。一度だけものすごく大きいカメとヘビがうちに来たこともあるし、温泉の家族風呂に入ろうとしたとき、ツノが生えて目がぎょろっとした生き物がヒゲをそよそよさせながら肩までお湯に浸かっていたこともあった。ミコト様いわく玄武や麒麟らしい。
他にもちっちゃな妖精みたいなやつとか変に人間っぽい仕草の動物なんかはよく見るけれど、龍はたぶん見たことがない。見たことがないけれど、モチーフとしての龍はアニメや美術品とかで見かけたことは当然ある。
そんな絵で描写された龍の足によく似ているものが鯉から生えている気がするのは、気のせいだろうか。
「やばいですあるじさま! この鯉、龍になろうとしてます!」
気のせいじゃなかった。
既視感を覚えたのは私だけじゃなかったようだ。すずめくんが騒ぎ、ミコト様もオロオロしている。
そういえば、鯉って滝を上ると龍になるとか聞いたことがある。
「ミコト様、ジャンプしてるだけでも龍になるんですか? 鯉って」
「い、いや、そんなことはないように思うが」
ミコト様によると、滝を上るというのは、物理的だけじゃなく色んな試練が課されているらしい。
「水の気が最も激しい場所であり、瀑布に私のような主を宿すところもある。そのような強い気を掻き分けていくことで強い力を浴び、またその力に対抗するほどの実力を得て、龍になる……とかだったような気が」
「曖昧ですね」
「わ、私も伝え聞いただけで実際に見たことはないのだ。龍に会うことはあっても、どうやってなったのかなど聞かぬし……」
「あるじさまはずぅっと平地にお住まいですからねえ」
日本に住んでるからって歌舞伎を見たことがあるわけじゃない、みたいな感じだろうか。神様でも神様関係で知らないことはあるようだ。
「でもこれ、どう見ても……」
「もしや百田の家に滝でもあったのであろうか」
「なかったと思いますけど」
県内はどうかわからないけど、町内に滝なんてあったら小学生の頃に社会科見学に行ってるはずだ。百田くんとは小学校からの付き合いだけれど滝があるなんて聞いたことないし、もしあったら百田家に入り浸っているノビくんが自慢してくるはずだ。
「なんか徳の高い鯉なんですかね」
「そのような違いは……ないように思う」
「お客の鯉は置いといて、うちの鯉が徳が高いなんてことありませんよルリさま! あれだけお屋敷を汚しておいて!」
「確かにあんまり悟ってそうな雰囲気とかはなかったよね」
うちの鯉はむしろ、エサとかルリとか思うがままに叫んでいるイメージがある。鯉界の中で徳の高い行動をしていたかもしれないけど、錦鯉たちに避けられていたのでそれも疑わしい。
じゃあなぜ龍なんかに……と首を捻っていると、めじろくんが顔を上げてこちらを見た。
「ルリさま、これは?」
「これ?」
これ、とめじろくんが指したのは、龍っぽい脚が出ている鯉とは違う、もう1匹の方の鯉。こちらはあまりウロコが剥がれていない、と思ったら、そうでもなかった。
ウロコは剥がれている。
ただし、ウロコが剥がれた場所の下には、なんかフサフサした黒い毛が生えていた。白っぽいヒゲのように一本だけではない。剥がれた箇所にみっしりと生えているのである。
鯉の体にフサフサ毛。
「……きもちわるっ」
思わず呟いてしまった私の言葉に、唸り声のような同意が3つ返ってきた。




