こいのよかん9
「ルリさま、たぶんそろそろですよ」
「ほんと?」
夕食後にくつろいでいるとすずめくんが声を掛けてきたので、私とミコト様はついていって縁側に出た。
すずめくんが懐中電灯で照らす先にあるのは、中庭の池。
私たちは並んで、暗い夜の庭に桜が散るのをしばらく眺めた。
そういえば前に作った桜の花びらのジャムはもう食べきったっけ、と考えていると、不意に水面が揺れる。バシャッと音を立てて飛び出た2つの物体は、高々と跳び上がり、そしてビタンと岩に打ち付けられた。
「……こないだより高く跳んでるね」
「でしょう? 水飛沫を撒き散らすので叱ったのに、あの不良鯉たちすずめの言うことを聞かないんです」
私とミコト様が見守るという名の放置をして数日の間に、鯉たちはジャンプスキルを磨いていたらしい。タイミングよく飛び出す魚体は同じ向き、同じ角度、同じくねり具合で、同じ高さまで跳び上がっている。これがイルカショーなら拍手するところだけれど、残念ながらイルカじゃなくて鯉だし、会場はうちの池だし、しかも着水せずに岩に激突している。
「すずめよ、あのような高さから落ちて、体は傷まぬのだろうか?」
「鱗が全部落ちてはげはげになってもすずめは知ったこっちゃありませんよ、あるじさま」
「うぅむ」
鯉たちは、ミコト様の身長の高さを超えてさらに高く飛べるようになっていた。確かに、あの高さからそのまま岩に体を叩きつけていたらいかに神様のお屋敷でパワーをもらって育った鯉でも傷付きそうだ。百田くんちの鯉はしゃべらない普通の鯉だし、余計に危険な気がする。
「前はあんなに高く跳んでなかったよね? ふたりでいるから、逆にエスカレートしちゃったとか?」
「恋に昂る気持ちはわからなくもないが、それで我が身を損なうようなものはよくない……互いに思いやり、穏やかに関係を育めぬものか」
ミコト様はまだ恋愛説を推しているけれど、どうもラブラブとかそういう雰囲気じゃない気がする。すずめくんによると、池に卵っぽいものも特に見つかってないらしいから余計に。
「ただ単に、ジャンプする高さを競いたいだけなんじゃ」
「しかしルリよ、それでは岩に載っておる理由がわからぬ」
「それ恋愛関係だったとしても理由は解明されてないですよミコト様」
懐中電灯の光に、ぬめった鯉がふたつ光っている。
眺めていてもやっぱり理由はわかりそうになかった。
「あ、あれ鱗が剥がれ落ちてませんか? 岩の端の方でなんか小さく光ってる」
「どれ……おお、やはり傷付いておるのやも」
「もう! 掃除を大変にしたら許しませんからね!」
すずめくんはぷんすかしながら部屋に戻ってしまった。手当てをする必要はないと判断したようだ。
「……クッションか何かを敷いてみましょうか」
「うむ、そうだな」
私とミコト様は顔を見合わせ、お互いに微妙な表情になっているのを確認した。
池の方では、ずるぽちゃと1匹が池に戻る音がした。




