こいのよかん8
「ルリや、今日早く帰ってくるならばあの四角い缶の菓子を開けよう」
「いいですね。紅茶も開けますか?」
「うむ……開けたいが、土産が早くになくなってしまうのはもったいない」
週末に買ってきたお土産を眺めてはニコニコしているミコト様は、テーマパークデートを満喫できたようだ。ざくざくしたチョコのお菓子はミコト様のお気に入りになったようなので、たぶん近いうちに再現しようとパティシエ化するはずだ。
「あ、今日は出てない」
「おお、水の中で仲良くしておるのか」
中庭に出ると、見慣れた鯉2匹の姿が岩の上になかった。
百田くんの鯉とうちの鯉は、出会って数日経っても相変わらず無言でそばにいたり、一緒に岩の上に横たわっていたりしていた。特にラブラブになっている様子とか、激しく愛の言葉を叫んでいることはないみたいなので詳しいことはわからないけれど、少なくとも相性は悪くないようだ。
ミコト様と一緒に池のそばまで近付くと、錦鯉が餌を求めて近寄ってくる。黒い鯉の2匹もいたけれど、私たちの前を素通りして池のフチに沿って泳いでいた。
「うむ、仲睦まじいようだな!」
「一緒に泳いでますね」
「これはでえとなのだろうか。どこぞに行きたいのなら、水を引き込む小川の方に移動させた方がよいかもしれぬ」
「そのままお屋敷の外に出てっちゃったら困りますよ」
ぐるぐると池を回る鯉たちは、やや並んで泳いでいる。見ようによっては仲良く見えるかもしれない。
もしかしたら産卵をしようとしているのだろうか、と見守っていると、鯉たちの泳ぐスピードが少しずつ上がっていた。
「……なんか速すぎません?」
「う、うむ……気持ちの表れやもしれぬ」
「鯉ってこんなスピード出るんですね」
おそらく全速力ではないかと思うほどに尾びれを動かして回っている鯉たちは、やがて同じ場所、同じタイミングで水飛沫を上げた。
「あっ」
春の朝日を浴びながら飛沫を上げた鯉は、尾びれが頭につくほどに体を曲げながら空中に飛び上がる。私の目線の高さを超え、ミコト様の身長ほどに飛び上がった鯉2匹は、そのままびたんといつもの岩の上に落下した。
「…………怖っ!」
「なんだか、前より高く跳び上がっていた気がするな」
うまく岩の上に載った鯉たちは、そのまま動かずにじっとしている。
岩の上にいなかったのは載らなくなったわけではなく、ちょうど載るタイミングに出くわしてしまっただけだったようだ。普通に戻ったかとちょっと期待したけど、鯉たちはあっという間にここ数日見慣れた光景に戻った。
「なんなんですかね」
「うむ……その、ふたりなりの愛の育み方なのやも……」
「本当に?」
「うむぅ……」
ミコト様は悩んだのち、もうしばらく見守ろうと私に告げながら鯉に餌をあげる。
私はとりあえず、水飛沫がかかった服を着替えることにした。
服だけでなく顔にもかかったので、出勤前にシャワーを浴び直したい。鯉がジャンプするときには近寄らないようにしようと固く誓った。




