こいのよかん6
大きな鯉が1匹入るサイズのプラスチックのタライから、両手で抱えるのも大変なくらいの大きい木製の桶に入れ替えて水に慣らされた百田家の鯉は、ゆっくりと傾けられて池に放された。
「あ、泳いでる。大丈夫そうかな」
「ルリよ、身を乗り出すと落ちてしまうぞ」
水面から黒い背中を少し出していた鯉は、池に入ると尾びれを揺らして水に潜った。カラフルな錦鯉たちは私たちがエサを持っていないとわかると離れた場所に移動したので、近くにいる鯉はよく叫ぶ黒い鯉しかいない。同じ色の鯉がふよふよと泳いでいるのを見つめているのかどうかはわからなかった。
「エ゛サァ゛」
「餌はさっきあげたでしょ」
「ル゛リ゛ィ」
水面で口をパクパクさせている鯉は、ゆったりと池を泳ぐ新入りについて意識していないようだ。そもそもこの鯉は一緒に暮らしている錦鯉とも少し距離があるみたいなので、急に仲良くなるのは難しいだろうか。
しばらく観察していると、池を調べるようにゆったり泳ぎ回っていた百田家の鯉がこちらに近付いてきた。ちょうどタイミングよくうちの黒い鯉がくるりと向きを変え、鯉はお互いに向かい合うようにして近付く。
「……エ゛ゥ……」
何かくぐもった声を出している。
近付いた黒い鯉たちは、お互いにその場にとどまった。逃げるでもなくぶつかるでもなく、ささやかな水流がある池の中でじっとお互いを見つめている……っぽい。
「なんかよさそう……?」
「さ、ルリよ。屋敷に戻らねば」
「え? 見ていかないんですか?」
向かい合う2匹を見つめていると、ミコト様が私に立つよう促した。これからどうリアクションするのかが気になるところなのに、ミコト様は興味ないのだろうか。私が見上げるとミコト様はアルカイックスマイルを浮かべている。
「ルリよ、でえとは2人で行うもの。野次馬がいては興醒めやもしれぬ」
「デート?」
「2人の心は、共に過ごす時間が育むものであろう。私とルリのように」
「ミコト様と私のように」
「なんと初々しい……ふふ、私もルリと出掛けたいな。美しい夜景でも見に行かぬか?」
ミコト様が完全にロマンチックモードになっている。
頬を少し染めて微笑むミコト様は、最近調べたデートスポットについてあれこれ教えてくれた。食べ歩きからグランピングまで、デートスポットに関する情報を集めるスキルだけは現代人並みである。
「一応ケンカとかしないかだけ見届けたほうがいいんじゃ」
「よいよい。屋敷のことはようわかっておる。ほれルリよ。すいーつはどうだ? 次の休みには古都巡りもよいな」
「神社仏閣が多いとこはまた挨拶回りになりますよ」
「うむ、前はルリを待たせてしまったな」
すっかり自分たちのデートのことで頭をいっぱいにしたミコト様に背中を押され、私はお屋敷に戻る。
池のある中庭はとても静かだった。




