こいのよかん3
近場で一番大きい本屋さんは、ショッピングモールの中にある。その一角にペットの本を集めた棚があった。
熱帯魚や金魚の買い方の本はあったけど、錦鯉単体のものは置いてなかった。ネットで注文しようかな、と考えながら金魚の本を眺めていると、隣に人が立った。
「あ、やっぱミノさんじゃーん」
「ノビくん」
髪の毛を金髪に染めてピアスをあちこちに増やしたノビくんが、明るい声でウィースと挨拶してきた。
「バカ静かにしろ」
「百田くんだ。久しぶり」
「おう。元気か?」
「元気元気」
ノビくんとは正反対にスーツ姿でネクタイをしっかり締めている百田くんが、周囲に気を遣った声で笑う。
ノビくんと百田くんに会うのは久しぶりだった。高校を卒業しても時々遊んでたけど、大学が別だったので挨拶する機会はぐっと減り、社会人になってからはさらに少なくなったのだ。
「マジでコーヒーだけぇ? ミノさん飲み行こうよ〜すぐそこに美味い馬刺し出す居酒屋あるからさ〜」
「家で晩御飯食べるから」
「俺も今日は飲まないからな」
「マジかよ〜再会を祝して一杯のタイミングじゃん〜」
ノビくんの声が大きいので、私たちは本屋からカフェに移動した。ノビくんは不満そうな割にはトッピングをたくさん付けたフラペチーノを飲んでいる。
「今日会社だよね? 2人で遊んでたの?」
「違う。コイツが付いてきただけ」
「そんな冷たいこと言うなよ〜ミノさん命の恩人に対する態度改めろって怒ってあげて!」
「おにぎりでも奢ってあげたの?」
「違う違う、銃持った強盗から救ってあげたの」
相変わらず意味不明だなと思って聞いていると、百田くんがブラックコーヒーを飲みながら頷いた。
「実はさっき海外出張から帰ったんだけど、3日くらい前に向こうで強盗されそうになって」
「え?! どういうこと?」
「モモが銃突き付けられて震えてるとこにオレが颯爽と現れたってわけ」
「いやそれもどういうこと? 付いてったの? 出張に?」
会社の出張に付いていくのは流石に仲良しの域を超えてないだろうか。
私が詳しく聞き出すと、百田くんが溜息と共に説明してくれた。ノビくんは百田くんが海外出張すると知ると、それに合わせて飛行機を取って海外旅行してたらしい。せっかくだから海外で遊ぼうぜ、と百田くんの仕事終わりにパブやらクラブやら連れ回していたそうだ。
「百田くん……それは怒ってもよかったんじゃ」
「3回くらい怒った。こいつ全く英語できねーから通訳までさせられるし」
「ノビくんよくパスポート持ってたね」
ノビくんは実は悪魔らしいけれど、日本暮らしが長すぎて日本人よりも英語ができないのは高校の頃から変わってなかった。外国人相手に魂の取引とか持ちかけられない点では喋れないほうがいいのかもしれないけど。
百田くんは海外出張をこなしながらノビくんの世話を焼き、ついでに銃を持った強盗にも遭遇して無事に帰還したそうだ。荷物を家に送ってお腹が空いたと主張するノビくんに引っ張られてショッピングモールにやってきたらしい。
百田くん、相変わらずいい人すぎて心配だ。
「ノビくんそのうち殴られるよ」
「何回か殴られてるから大丈夫〜てかミノさんは何してたの? ペット買うの?」
今まさに殴りたそうな目をしている百田くんの視線には気付かず、ノビくんは私に訊いてきた。
「ううん、うちの庭に鯉がいるんだけど、最近奇行が激しくてね」
2人とも私の事情を知っている人なので、こういうときに話しやすくて助かる。
黒い鯉の挙動は普段から激しいこと、それに加えて最近何故か岩の上に載ってでろんとしてること。何かの病気かもしれないから調べようと思ったこと。
私が説明すると、ノビくんは何故かニヤニヤして百田くんの肘を突き始めた。百田くんはそれを避けながらも複雑そうな表情をしている。
「どうかした?」
「いや……」
「まさかミノさんからもそんな話が聞けるなんてねぇ〜これが縁ってヤツ?」
ニヤニヤしながら言ったノビくんに肘鉄を返した百田くんが、私に言った。
「実はうちの鯉も奇行に走ってるんだ」




