こいのよかん2
いつも騒がしかった鯉が、少し静かになった。
「これはまた……」
「出てますね」
朝、餌やりに庭に出てみると、池の周りを囲む岩のひとつに鯉がデロンと横たわっている。
ぴくりとも動かないその姿を見るために近付いてみると、鯉の口がパクパク開いた。
「まだ生きてる」
「生きておるな」
「なんか乾いてそうなんですけど、魚って水から出したら普通死んじゃうんじゃないですか?」
「普通ならば……この鯉は屋敷まで跳ねて来たりするゆえ……」
「普通じゃないですね……」
でろりと岩の上に載っている鯉が、いつからそうしていたのかはわからない。この中庭は昨夜ミコト様が雨を降らせていたのでそんなに乾燥しなかったのかもしれないけれど、それにしても不気味だ。
私とミコト様が眺めていると、すずめくんが小走りにやってきて、両手で鯉を掴んでボチャッと池に戻した。すずめくんはそのままお屋敷に戻っていき、池にいた錦鯉たちはその衝撃から逃げるように散っていく。水に落とされた黒い鯉は、そのままゆっくりと体を動かして泳いでいた。
「もう1週間くらいやってますよね。苦しくないのかな」
「何か抗議をしているのやもしれぬ」
「餌がおいしくないとか?」
「うむ……鯉はなんでも食べるゆえ、味はあまり気にしてない気もするが」
池に戻った鯉は大人しくしているけれど、しばらくすればまた騒がしくなる。いつも通りの元気さを取り戻しているものの、朝になって見にいくとやっぱり岩の上にいるのだ。
「世を儚んでる……ってことはなさそうですよね。餌も食べるし」
「そうだな。部屋に上げろと叫ぶのは前々からやっていることを考えると、何か他のことだろうか」
「岩の上にジャンプするのが趣味とか?」
「この程度の距離、今までなら自力で戻っていたように思う」
ミコト様の言う通り、池から出てくるほどパワフルな鯉は、池に近い場所にいるときは自分で戻ったりもしていた。池の周囲は石で囲んでいるけれど、水面から外に出るより、外から水面に落ちる方が簡単そうだ。お屋敷の中や離れた場所まで来たらすずめくんに捕獲されて強制送還させられているけれど、そのときは嫌がっているので抱っこされたいわけでもない気がする。
それに、鯉はいつも同じ岩の上に載っている。明らかに狙って外に出ているようだ。
「何か病気にかかってるとか?」
「うむ……何やら気掛かりなのかもしれぬな」
「魚って、獣医に診てもらえるのかな」
「魚は獣ではないゆえ……」
そもそも叫ぶ鯉が大きな岩の上に乗り上げるなんて、どういう病気の症状だろう。
「ルリや、ぐぐるをしてくれぬか」
「そうですね。調べてみましょうか」
「うむ、流石に干からびた鯉を見るのは忍びない」
私はミコト様の言葉に頷いた。知らないうちにミイラになってたら、そのまま地縛霊になってしまいそうだ。霊だと部屋の中まで入ってきそうなので、なるべく鯉という枠に囚われていてほしい。
「明日本屋に寄ろうと思ってたので、ついでに鯉の本がないか見てきますね」
「それは助かる、ルリはやはり優しいな」
「ほっといて足とか生えてきても怖いし……」
「……否定はできぬ……」
私たちが話しながらおとなしい鯉の近くに餌を落とすと、鯉は大きな口でそれを飲み込んだ。




