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こいのよかん1

「ルリよ、そろそろどうか?」

「あ、行きます」


 朝食を終えると、ひと息付くのに中庭に出る。

 桜吹雪の見事な庭は、柔らかな日差しと優しい風に包まれて今日もとても綺麗だった。ひらひらと落ちる花びらが中庭を流れる水に落ちて、そのまま池に注がれる。


「ル゛ゥリイ゛イ゛ィ゛」

「今日も元気そうですね」

「そうだな」


 鯉の餌を持って池の近くに来ると、綺麗な色の鯉たちが激しい動きでねだり始める。

 その中でもひときわ激しい動きで水飛沫を上げるのは黒い鯉だった。そのまま打ち上げられそうなほどにビチビチ跳ねているし、実際に出てくることも珍しくないので近付くのは禁物だ。

 何故か声を発する能力を持ったこの鯉は、どっしり大きい体とその声量を活かして自己主張してくる。ルリとかエサとか簡単な言葉しか覚えていないけれど、たまにお屋敷の中に侵入したりしてすずめくんを鬼の顔に変えているのがすごい。


「エ゛サア゛アア゛ァ」

「餌だよー」


 鯉の餌を水面に投げ入れると、他の鯉たちはそれを追って水中を移動する。しかし黒い鯉は私たちの近くでバシャバシャしながら餌を強請っていることが多い。私は水が撥ねて服が汚れると困るので池の真ん中あたりに投げるけれど、ミコト様はたまに根負けして黒い鯉の口に餌を入れてあげていた。


「鯉って長生きするらしいですけど、ここの鯉は何年くらい生きてるんですか?」

「うぅむ……最近入れたのではないのは確かだが」


 ミコト様の言う「最近」は、最大で200年くらいの期間になることもある。自然界で流石にそんなに長生きしないと思うので、お屋敷の鯉たちもちょっと普通じゃないようだ。


「最近錦鯉って海外で人気らしいですよ」

「そうなのか。確かに、静かに泳いでいるところは見ていて和む」


 池に泳いでいる錦鯉は紅白や金の見た目が豪華だし、キズもなくてきれいだ。錦鯉は高額で取引されたりするらしいので、ここの鯉たちも高値がつくのかもしれない。

 ……ただ1匹を除いては。


「エ゛ェ゛ッザアアア゛!」

「あげてるでしょ」


 跳ね上がりそうなくらいに暴れている鯉は、色が黒い。そして騒がしい。

 珍獣ハンターとかなら欲しがるかもしれないけれど、1週間で返品してきそうな勢いだ。


「この鯉だけ黒いですよね」

「うむ」

「他に黒いのはいないんですか?」

「おらぬようだな」

「なんでこれだけ黒いんですか?」


 私が訊くと、ミコト様はちょっと首を傾げて考えた。


「少し前までは、鯉もよく食うておった気がする。黒いのはそのために連れてきたのではないか?」

「へえ。これだけ食べずにいたんですね」

「そのようだ。逃げ足が早かったのかもしれぬ。足はないが」


 お屋敷では、アユなどの川魚が食事に出ることもある。鯉は大きいので、捌いたら10人分くらいになりそうだ。


「……こういうとこ見てると、あんまり食べたい気持ちにはなりませんね」

「そうだな……」


 グパァゴポォと音を立てながら豪快に水と餌を口の中に入れる鯉は、なかなかアグレッシブだ。この黒い鯉の他に喋る鯉は見たことないけど、もし他の鯉でも捌くときに叫んでたらどうしようとか考えると積極的に食べたいとは思えない。


「すずめくんはよく捌きますよとか言ってるけど」

「うむ……これはここにおるのがよいと思う」

「ですね」


 餌を食べながら「ル゛リ゛イ゛ィイ゛ィ」と叫んでいる鯉は、どう見ても食用にはしたくない。


「まあ、元気でおるならば何よりだ」

「そう……ですかね?」

「うぅむ、ほら、具合が悪いよりはよいのではないか?」

「うーん」


 唐突に叫び声を上げたりする鯉は、もうちょっと静かにしててくれてもいいとは思う。

 私がそういうと、ミコト様は否定も肯定もしないままに曖昧に笑った。






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