神様の大事な仕事24
「ルリさまルリさま! すずめらはもう一度滑ってきます!」
「いってらっしゃーい」
「き、気をつけるのだぞ」
数日ゆったりのんびりできる旅行先を探していたところ、ミコト様の海への欲求の高まりを考慮して、私たちはひと足早く水着姿になっていた。
「すずめらは……あれが怖くないのだろうか」
「ミコト様、顔ひきつってましたもんね。ウォータースライダーで」
屋内の大きなプール施設がウリの商業施設の中で、ミコト様はバスタオルをかぶってしょんもりした顔をしていた。髪をまとめ、モデル体型を晒して人々の注目を浴びる水着姿で、半泣きになったのが効いたようだ。
「あれは……見ている以上に早かった……流しそうめんになるかと思うた……」
「そういえばウォータースライダーって流しそうめんとほぼ同じですね」
「私はあのぬるい湯に浸かっているほうがよい」
「温泉にした方がよかったんじゃないですか?」
「それだと皆で遊べぬであろう」
併設している温泉は後で楽しむ予定らしい。ミコト様がサウナで倒れないことを祈ろう。
「ルリさま、あちらに打たせ湯があったわよ」
「にわか雨のようよ」
白梅さんも紅梅さんも、色んな仕掛けがあるプールを楽しんでいるようだ。2人はいつもお屋敷の仕事を静かにこなしているイメージがあるので、はしゃいでいると新鮮だ。そして水着姿もとても新鮮だ。美肌に紅白それぞれのビキニが眩しい。ナンパも躊躇うほどの美女2人組である。
「あら、美味しそうなものを食べているわね」
「私たちも食べてみようかしら」
「あっちに売ってますよ。こういうとこのフランクフルトってなぜかすごく美味しい気がする」
「なんと! わ、私の作った料理よりもか……?!」
私は泳ぎ疲れたので、テーブルがあるエリアでおやつを食べていた。マスタードとケチャップをたっぷりかけたフランクフルトは、お祭りの屋台と同じような魔法がかかってる気がする。すずめくんとめじろくんが半分こしていたカップラーメンもひとくちもらったけどやっぱり美味しかった。
買い物に行く梅コンビを見送ってから、私はショックを受けているミコト様にフランクフルトを食べさせてあげた。
ミコト様の焼いたソーセージみたいにパリッとしてないし、マスタードもケチャップもうちの本格派な味ではない。けれど、プールの後の疲れと旅行の浮かれ気分の美味しさはミコト様にも伝わったようだ。
「うむ……うむ」
「美味しいですよね?」
「うむ」
ミコト様がもっと欲しそうな顔をしていたので、あーんして食べさせてあげると照れながら喜んでいた。
ゆっくりミコト様のかわいさを堪能できる時間はとても贅沢だ。
「嬉しそうだな、ルリよ」
「色々一息ついてほっとしました。あのお守りもうまく大人しくなったし、あとは返すだけですね」
「あれは、あと2年は預かっていてほしいと言われたようだが」
「預かってる間に私また転職しそうな気がする」
「うむ……」
2年の間に就活守りがミコト様の守り袋を破って出てきそうな気がしたのは、私だけじゃないようだ。もし又貸ししてもいいなら、転職を繰り返してフラフラしてるらしいノビくんに持っててもらおう。
「そういえばミコト様、なんであのとき井戸で泣いてたんですか?」
「そ、そのようなことがあったか?」
「ありましたよ。大晦日に。雪降る井戸のそばで泣いてたじゃないですか。なんであんなとこに」
「ああ、あれか」
ミコト様はちょっと気まずそうに視線を逸らして、フランクフルトの串をいじりながら小さく答えた。
「その……井戸に願いをすると叶うと」
「そんな言い伝えがあるんですか?」
「言い伝えではない。映画でやっておったではないか。あにめえの」
「アニメの? そんなのあったっけ?」
「一緒に観たではないか!」
一時期見ていた海外のアニメ映画のひとつだとミコト様は主張した。ヒロインが歌いながら井戸に願いをかけているシーンがあり、ミコト様はそれを覚えていてうちにある井戸で願い事をしていたらしい。
全然覚えてないし、たぶんうちの和風な井戸とは違う気がする。
「叶ったんですか?」
「うむ。ルリがつらい気分でなくなったのだから、叶った」
「でもそれってミコト様自身がやったおかげだと思いますよ」
「ルリが気付いてくれなんだら、私は見ているしかなかったかもしれぬ。だからあの井戸のおかげだ」
「神様が神頼み……じゃなくて井戸頼みって面白いですね」
「ルリのためなら私は神頼みだろうが井戸頼みだろうがなんでもやろう」
「神様なのに」
にこにこしているミコト様自身がすごい神様なのに、本当になんでもやりそうな言い方が面白かった。でもそう言ってくれるミコト様だから、私は安心してどんなことでもできる気がする。
「ミコト様は私を守るのがお仕事ですもんね」
「そうだ」
「でもたまには神社の仕事もしてくださいね」
「う……うむぅ……」
「夏はうちも夜店を出してお祭りするのはどうですか?」
「いや……うぅむ……」
言葉を濁すミコト様は、相変わらず私以外に対する神様仕事は消極的なようだ。もしょもしょと何か言い訳をしたミコト様は、焼きそばを買いに行こうと私を誘う。
いつか私が現世を離れたら、そのときは一緒にお社を守れるようになるかもしれない。
それまでの間は、ミコト様には私を守る仕事だけを頑張ってもらうのもいいかもしれないとちょっと思った。




