神様の大事な仕事20
「それではお気を付けていってらっしゃいませ」
いくら神様でも、糸から染め始めて、即日でお守りが作れるということはないわけで。
「うむ、では行ってくるぞ」
「いってきまーす」
完成するまでの間、ミコト様が送り迎えについてきてくれることになった。
「ミコト様、無理しないで大丈夫ですよ」
「無理などではない。ルリが迷惑しておるのは行き帰りだけなのであれば、その間私が守ればよいだけだ」
セーターにジーンズとロングコートというシンプルファッションでもオシャレに見えるのが羨ましい。
ミコト様は帽子を被り、使命感を感じている表情で私と手を繋いでいた。警戒中の狛ちゃんのようにキリッとしている。
「よし、では気を付けて行くぞルリよ。私から離れぬように歩いてほしい」
「ミコト様、駅までは蝋梅さんが送っていってくれますから」
「そ、そうか」
ちょっと照れた様子で車に乗ったミコト様は、駅で降りるとまたキリッとした顔になった。通勤中の女性が見惚れている。
「あなやルリよ、電車の改札門を通る札を忘れてしもうた」
「ミコト様、スマホに入ってますよ。アプリ」
「なんと……? あの札はいらぬのか?」
守ってくれるのは嬉しいけれど、いかんせん、ミコト様は引きこもりがちだ。
用事がなければお屋敷にいるし、用事があっても、大体はお供のめじろくんと車で出かけている。というか用事のほとんどは謎技術で相手の神様のお屋敷に行くだけとかなので、電車に乗るのはかなり久しぶりだ。
すずめくんによってインストールされている交通系アプリは、ぬかりなく2万円チャージされている。うっかり乗り過ごしても大丈夫だけど、そもそも使いこなせるかどうかがちょっと不安だ。
「ここをあてて通れば大丈夫です」
「そうか……そうだろうか」
不安な顔をして改札を通ったミコト様は、止められなかったことにホッとして私の隣に並ぶ。朝のホームは人が多いけど、ミコト様は背が高いので目立っていた。
「すみません、わたくし芸能事務所の者なのですが」
早速声を掛けられている。
普段なら、神々しさに見惚れる人はいても声を掛ける人はいない。しかしミコト様は私への被害を抑えるためにと、あえてお守りを自分で持ち歩いていた。あのムンムンオーラが近寄りがたさよりも勝ったようだ。
さっそく就職オーラに吸い寄せられた人がやってきた。しかも私とはなんかジャンルが違う。
「突然申し訳ありません、芸能界などに興味はありますでしょうか?」
「うむ? そうだな、芸事は少々嗜んでおるが」
「もしかして、もうどこかの事務所に入っていらっしゃったりしますか? わたくしこういう者でして……」
朝のラッシュ時にスカウトされる人初めて見た。
ミコト様が受け取った名刺を覗いてみると、私でも知っている大手事務所の名前が書いてあった。おそらく本物のはずだ。
ミコト様は熱心に話しかけてくるスカウトマンの話を聞いていたけれど、ハッと気付いて私に耳打ちしてきた。
「ルリよ、これがルリの言うておった転職のいざないか?」
「まあ、そうですね」
私が頷くと、ミコト様はキリッとした顔で相手を見つめた。
「そこな者、これ以上ルリに近付いてはならぬ。そのようなことを求めてはおらぬのだ」
「いえ、私は彼女でなくあなたをスカウトしたくてですね」
「ルリが困っておるだろう」
「困らせるつもりはありません! もしよければご都合の良いときに話だけでも聞いていただけませんか? お願いします!」
「こ、これ、そう易々と頭を下げるでない」
並んでいる人たちがチラチラ見てくる中で、ミコト様はどうにかスカウトを断って電車に乗った。ぎゅうぎゅうに押されながら既に疲れた顔をしている。
「大丈夫ですか?」
「ルリが嫌がる理由もわかった……あのような者がよく話しかけて来たのでは気が休まらぬ」
「でしょ」
「それにこの……この人だかり、このようなものに毎日乗っておるとは」
「その吊り革持った方がいいですよ」
ミコト様はなんと電車の車内でも声を掛けられていて、電車を降りる頃には数枚の名刺を持ってヘロヘロになっていた。
「ミコト様、このままタクシーで帰った方がいいですよ。私のお迎えもお屋敷でやってください」
「いや……私は……」
「このままだと家に辿り着く前に就職しちゃいますよ」
会社までついてこようとするミコト様をタクシーに乗せて見送り、息を吐く。
神様業もサボりがちなミコト様に現代社会の荒波は強過ぎた。人がいいので断り方もやんわりな分、名刺押し付けられ率も高いし。
ミコト様は大変そうだったけれど、そのかわり今日の通勤では私は一度も声をかけられなかった。
お守りのターゲットが移ったようだ。
ありがたいけどこのままだとミコト様が就職してしまうので、やっぱり対策は急いだ方がよさそうだ。




