神様の大事な仕事16
「ちゃんと転職するからこれ返してきて。お願い」
名刺が増えた紙袋と共に帰宅した私はまず、すずめくんにお願いをした。
すずめくんはタスキを外して袖を直しながら、ちょっと眉尻を下げる。
「ルリさま、それはまだ返せないものなのです」
「なんで?」
「それは預かってほしいと神社にお願いされたので、しばらくここに置いておかねば」
「そうなの?」
私がミコトさまを見ると、名刺をチェックしていたミコトさまも頷いた。
「うむ……、参拝し願われたのであれば、おいそれと戻すわけにもいかぬ……」
「あ、お参りの人が持ち主なんだ」
「そのようですよ。なんでも、道すがら大企業からお誘いを貰っておちおち出歩けないので、就活の時期まで預かってほしいと」
「わかる」
身をもって体感しているだけに、そんな理由で預けられたのであれば拒否しにくい。
私は今はもう休日ならお屋敷でのんびりしてることが多いし、平日でも声を掛けられるのはお屋敷と会社の行き来くらいだ。けれど、もし本来の持ち主が大学生なら大学やらサークルやらで出歩くことも多いだろうし、接客のバイトなんかしてたらさらに大変そうだ。一人暮らしならストレスも増えるだろう。
何より、うちの神社にお参りに来てくれるような、変わってるけど貴重な人を拒否するのはよくない。
「うーん……じゃあ、作った神様に一旦返すとか? こんなすごいお守りを作る神様なら、必要なときにまたお参りに行ったらいいんじゃ。海外の神様とかなら、荷物送ってもいいし」
「ルリよ、これは国どうこうではなく、そもそも神が作ったものではないのだ」
「なんでわかるんですか?」
ミコト様は前に、このお守りは国内の神様が作ったものではないと言っていた。
確かに、見た目は手作り感満載だ。ミコトさまの作ったもののように生地や糸から厳選し、ミシン目レベルの縫製技術を使ったものではないのは明白ではある。
けれど、神様にだって得意不得意があるし、家庭科が苦手な神様が作った可能性だって否めないと思う。インドの神様とかはお裁縫しないかもしれないし。
私がそう言うと、ミコト様は首を横に振った。
「もし神が作ったのであれば、こんな作り方はせぬ。そんなことをしたら怒られてしまう」
「誰に……?」
偉いひとに怒られるらしい。神様より偉い存在って何だろう。
「そもそも、組み合わせ方がおかしい。もし私のような力を持つ者ならば、このようなまわりくどい作り方をわざわざする必要がないのだ」
「どんな感じでまわりくどいんですか?」
「うむ……」
ミコト様はしばらく首を傾げて、それからうんと頷いて口を開いた。
「例えば、ルリがもしどらいふるうつを食べたいと思ったら、果物を干すであろう」
「ミコト様が干しますけどね」
「だがこれは、どらいふるうつを作るために、海に潜り貝を取り、それを干して砕いて水に混ぜ、塩を抜いて砂糖を入れて、草木を入れて……そんな感じでどらいふるうつの味を作っているようなものだ」
「それどうやってもドライフルーツにならないんじゃ」
「ならぬ。ならぬと普通は思うが、なぜかこれはなっておる。しかも普通よりも甘い」
神様も理解できない謎製法で、普通以上の効果が出ちゃってるらしい。
確かに、いくら恋愛に効くお守りだとか厄除け神社のお札とかでも、こんな露骨な効果があるなんて話は聞いたことがない。お守りを作るのにも作法があるなら、普通の神様たちはそういう効果が出ないようにマイルドに仕上げているのかもしれない。
「あの、そういう人を放っておいて大丈夫なんですか? 何か危ないものを作ったりするんじゃ」
「そういうことをする力はあると思うが、仕事探しに使うのであればさほど危険とはいえぬ」
「それはそう……いやそうじゃなくない? これも充分迷惑じゃない?」
こんなお守りが量産されてしまえば、世の中の就活生は全員いい会社に楽に入れる社会に……なったらそれはそれですごく良い気がするけども。なってほしいけども。でもそれって言い換えてみれば、社会を作り変える可能性があるような能力の持ち主ともいえなくはないような。
ちょっと不安に思っていると、ミコト様がポンと肩を叩いて微笑んだ。
「ルリよ、そう心配するでない。これを作った者が害をなすことはありえぬ。もしそうなったとしても、我々も黙って見ておることにはならぬ」
「そうですルリさま! ここは神々のおわす国なのですから!」
「でもミコト様、現にこのお守りの効果も止められないじゃないですか」
「……」
ミコト様は笑顔のままでお守りを手に取り、背中を丸めて廊下を去っていった。
「できる……私にもこれくらい、止めることくらいはできるというのに……」
もしょもしょ呟きながら行ってしまったミコト様を見送っていると、めじろくんが私の袖をつんと引っ張った。なんとなく視線が私を責めている。
「ルリさま、オーバーキルです」
「ごめん」
ミコト様にはあとで謝っておいた。




