神様の大事な仕事15
犬も歩けば棒に当たる、ってこんな感じだろうか。
「すみません、もしよかったらこれ貰ってくれませんか? ちょっと荷物が増えちゃいまして……」
ホームで電車を待っていたら、前に並んでいた人が会社四季報をくれた。なにやら久しぶりの再会っぽい会話が繰り広げられていたと思ったら、大量のお土産を渡されていたのは見ていたけれども。
「こっちのお菓子も付けますのでお願いします! リュックの金具が壊れかけてて」
「いえ……はい」
受け取った四季報を抱えながら、思わず自分のバッグの中を探った。
今日はお守りを持っていないはず。
底の方もポケットも探して例のムンムンがないことを確認して電車に乗り、会社までの道のりを歩いていると、前の人が書類の封筒を落としたので追いかけて渡した。
「本当にありがとうございます!! 大事な資料で……」
「いえいえ」
「あの、就活組ですか? もしよかったらうちの会社もご検討ください! うちはベンチャーですけど急成長中で、5年以内の上場を目指してるんです!」
バッグに入らないので手で持っていた四季報を見て、その人が名刺をくれた。ついでにそのやりとりを見ていた中年男性が「こういう手助けは本当に助かるからねえ。よかったらうちも受けてみてね」と名刺をくれた。人事部。
もう一度、念入りにバッグを探った。やっぱり持ってない。
四季報か。四季報が呼び寄せてるんだろうか。
始業までちょっと時間があったので、慌ててすぐ近くのカフェに飛び込んだ。持ち帰りのカフェラテを頼んで、紙袋に入れてもらえるようにお願いする。カフェラテを手に持って四季報を紙袋に入れたら、私はその辺にいる会社員に見えるはずだ。
少し混んでいるカフェの受け渡し口で一息ついていると、また声を掛けられた。
「あのー、仕事探してるんですか?」
「いえ、これは貰い物です。私は別にそういったことは」
「でもあなた、憑いてますよ。就職の念が」
「えっ」
就職の念って何。
「っていうかもっとすごいものも憑いてる……というか……」
声を掛けてきた人は、私を見ながら、その焦点はもっと遠くに合っているようだった。
なんだろう。怪しい。
もじゃもじゃ髪に着物と羽織という格好も怪しいし、就職の念とか言うのも怪しい。
「失礼ですが、今すぐにでも会社変えたほうが……そもそも転職はご結婚されている方に頼むと一瞬で決まるのでは?」
この人、なんか視えてる人だ。私と目が合いかけると、その人はごく自然に視線を下げた。
ミコト様と結婚してから、たまにこういう、百田くんみたいに霊感が強いタイプの人に出くわすようになった。あなたすごいオーラ纏ってるわね、と言われるだけならまだいいけれど、神様と暮らしていることまでわかる人は大体、私と目を合わせてくれない。神様の嫁というのは、なんか畏れ多いと思う人もいるようだ。
「いえ……大丈夫です……」
「そうですか……あの、もしお困りでしたら、うちもご検討ください。事務所はちょっと離れてるんですけど、在宅でとかそちらのお方のご希望に沿った働き方なんかもご提案させていただきますので」
怪しい人は、懐から名刺を取り出して差し出してきた。真っ黒な名刺に、虹色に光るシルバーで名前が書かれている。
お祓いお清め承ります、という文字がいかにも怪しい。
「……間に合ってます」
「そうでしょうね。いっぱい呼び寄せてますし。でも呼び寄せられた側として、一応お渡ししておきますねー」
にこやかにそう言った怪しい人は、ココアが2つ載ったトレーを受け取って去っていった。テーブルに座っていた連れらしき女性が心配そうにこっちを見ていて、目が合うとぺこぺこしながら怪しい人に何か言っている。私もカフェラテを受け取って、会釈して外に出た。
呼び寄せてるってなんだろう。名刺を集めるオーラでも出しているんだろうか。
あのお守りを受け取るまで、街中で名刺を貰う機会なんてなかった。持っていないのに声を掛けられるということは、あのお守りのオーラが移っているのだろうか。
このムンムンオーラ、祓えるなら祓ってほしい。けど、ミコト様の説教に屈服しないお守りをどうにかできる人っていない気がする。家においてるだけで効果があるお守りなんて、ミコト様でも作っていないのだ。
あのお守り、早めに手放したほうがいい気がする。
私は紙袋に名刺と四季報を入れて外から見えないようにしっかり抱きかかえ、とりあえず会社に急ぐことにした。




