這い寄るモフモフ2
「ほらおいで〜お風呂入ってキレイになろうね〜」
縁側を降りて庭をお風呂のほうへゆっくり歩くと、子犬達がよちよちよちよちとついてくる。その一番後ろにいる大人の犬は、アゥアゥとちょっと情けない声をあげながら付いてきていた。その場に座っては離れていく子犬達を見て立ち上がり、ウォウウォウ言いながら近付いて、子犬にやめとこうよぉと言っているかのように鼻を近付けては伏せた。
その様子は、まるでこれから洗われることがわかっているようである。鯉が喋るわけだし、言葉を理解する犬がいてももう驚かない。
「白梅さんが犬用シャンプー買ってきてくれるって。今紅梅さんがお湯沸かしてくれてるからねぇ〜。気持ちいいよ〜」
そんなわけない! と言うかのように犬がアオーンと空を仰いだ。
とてとてと軽い足音がしたと思うと、縁側の上からすずめくんがこっちを覗き込んで声を上げた!
「あーやっぱり! 白梅が珍しく買い物に行きたがったので何かと思ったら!」
「すずめくん、どうしたの?」
「ルリさま、その方々を犬扱いしちゃだめですよう!」
「えっ」
私が歩みを止めると、子犬が足にくんくん纏わり付いてきた。
アウォゥ、ゥオオウ、アォ〜ゥオン。
「うむそうだな。ルリよ、これにあるのは近くに棲む山犬の若頭である」
「ヤマイヌ」
「狼と呼ぶほうが身近か」
「オーカミ」
日本にいる野生の狼は絶滅したはずでは。というか、想像していたよりずっと小柄だ。だから犬だと思ったわけで。別にわざと間違えたわけじゃ。
オゥオゥと鳴いているのはニホンオオカミと呼ばれる種類の、若干ミコト様達側にいる存在らしい。ちょんと足を揃えてお座りをして、ミコト様の紹介にウンウンと頷いている。
「先程来客中にいきなりやって来たので、少し待たせておいたのだが」
「そう……なんですか。そうとは知らずすいません……?」
頭を下げると、山犬の若頭はくぅと鳴いて頷いた。ミコト様を見ると、「気にしていないそうだ」と訳してくれた。なんでミコト様は鳴き声と会話が出来るんだろう。
ウォウウォウと小さく遠吠えをするような声に頷いていたかと思うと、ミコト様はいきなりプンスカしながら怒り出す。
「だだ、ダメ! ダメだぞ! 全く近頃はどいつもこいつも、油断も隙もありはしないものだ!」
「なんて言ったんですか?」
「うっ……その、ルリのことを気に入ったので、子犬達の母にしたいと」
「えっムリ、えっどういうこと」
「そうであろうそうであろう! 聞いたか、ムリだぞ! 諦めるがよい!」
私の代わりにしっかり断ってくれたミコト様によると、この山犬は子を産んだばかりの奥さん犬を不慮の事故で亡くしたため、ノチゾエを探しているらしい。つまり、子供を育ててくれる再婚相手を。
「私、人間なんですけど。人間に見えないですかね」
「見える! しっかり見えるぞ! ルリは立派な女子だ! ただ、山犬の一族は数が減っているので、あまり種族には拘っていないようでな」
「いやそこ1番拘らないといけないとこでは」
「山犬は力のある獣であるから、時々であれば姿を変えることも出来るし、情が厚いのでな……あいや!! 決して! 決して勧めてはいない!! そういう意味では!」
「もし勧められたとしても狼の奥さんはちょっと……」
毎日お風呂を入らない人とはやっていける気がしない。山犬もお風呂に入れられかけたというのと、ミコト様ががっつり断ってくれたと言うので諦めたらしく、しゅんと下を向いてかぅかぅと鳴いた後は子犬を引き連れて帰って行ってしまった。




