神様の大事な仕事12
「いってきまーす」
「ルリよ、忘れておるぞ」
鞠ちゃんを抱っこしながら見送りに出てくれているミコト様が、ニコニコしながらお守りを差し出してきた。
就活守。
しれっと机に置きっぱなしにしてきたけど、バレていたようだ。
「まだ転職時期とかも決めてないし……」
「まあまあ、持っていってもよいではないか」
「そうですルリさま! おためしに!」
「そうだ、おためしだルリよ」
いいからいいからとカバンの中に捩じ込まれ、そのまますずめくんに手を引かれてお屋敷を出た。団結している。
こんなに元気そうなオーラがむんむんしているお守り、カバンに入れてたらバレないかな。普通の人にも気付かれる気がする。
お屋敷の中では、何かをにじみ出しているようなモノは珍しくはない。付喪神になりそうなモノたちは、動けないながらにも何かしらの主張があったりするのだ。
大抵はツヤツヤほかほか親子丼の器になるのは自分しかいない、みたいな他愛もない主張だけれど、たまに人を呪いたいとか怨んでいるみたいなモノが人づてに、いや神づてに預けられることもあって、そういうときはすずめくんやめじろくんがスパルタお説教ののちに倉にインして鎮静化をはかったりしていた。
このお守りはそういう悪い念は全く感じられないけれど、なんか熱量がすごい。
私はお守りをカバンの底の方に押しやりながら、お社からでてパンプスを履いた。
すずめくんに見送られ、お屋敷の掃き掃除をしていたへびくんと挨拶をして、鳥居を潜って細い路地を出る。車が通れる道に行くと、蝋梅さんの車が見えた。
いつもはぴったりのタイミングで私の前に現れる蝋梅さんの車は、50メートルほど離れた場所で止まっている。その手前に大きな車が一時停車しているからだった。2台が通れるほどの幅はないので、動き出すのを待っているようだ。それに気が付いた停車中の車がゆっくりと発進して、そしてなぜか私の前で再び停まった。
助手席のドアが開いて、スーツ姿の男性が降りてくる。
「すみません、道に迷ったみたいでして、ちょっとお尋ねしたいのですが……」
「はい」
この辺は住宅街で細い道が多いから、慣れないと迷うこともある。
けれど、そんなに広範囲で細い道が続いているわけでもないし、どの道でも大体国道や駅前に続く道に繋がっているのだけれども。
「ナビが壊れてしまったみたいで、この辺りをグルグルしていまして。こちらは地図のどのあたりでしょうか?」
ナビが壊れても今時、スマホもある。そしてこの人は地図も持っている。
それなのに、同じところをグルグルするなんてことあるだろうか。徒歩でも駅までそうかからないのに。
「このあたりですね。駅に行くにはこっちの道路がいいと思います。高速はたぶんこっち側から行った方が」
場所を教えつつ、ふと私は車に目をやった。
社用車だ。
側面に描かれているロゴマークは、誰もが知っている大会社のものだった。
世界的企業だった。
「先程こちらの道を進んでいたのですが、なぜかこの近辺に戻ってきてしまいまして……わかりにくい場所などありますか?」
「この道をまっすぐ行って、行き当たった道路を右折したら間違いないと思います」
「ありがとうございます。すごく困ってまして」
道を教えただけなのに、なぜかスーツの男性がものすごく感謝している。
懐から名刺入れを取り出したところで、私は素早く手を上げてそれを止めた。
「お役に立ててよかったです。私はちょっと家に忘れ物をしたので、ここで失礼します」
「あっ、せめてお名前だけでも……!」
昔の少女漫画に出てきそうなセリフを背後に聞きながら、私は鳥居を目指して走る。
へびくんがきょとんと見つめる中でムンムンしているお守りを取り出すと、お社に置いてある賽銭箱の中にお守りを入れてから改めて出社したのだった。




