神様の大事な仕事10
お風呂に入り、夕食を食べ、歯を磨いて、それから部屋に戻る。
座布団を向かい合わせに置くとその上に座ったミコト様は、私をチラチラ見たのち、ぎゅっと目を瞑って頭を下げた。
「す、すまぬルリよ……!!」
まだ何も問い詰めてない。
合間合間にじっと見つめていただけなのに、ミコト様はだんだんと気まずそうな表情になり、とうとう自白を始めてしまった。ミコト様は浮気とか絶対できないタイプだなあと改めて思う。
「け、決して私はルリとの約束を違えた訳ではなく……い、いや、もしそうなってしまっていても私は違えるつもりなど毛頭なく……!!」
「とりあえず順番に説明お願いします」
「すまぬ……」
出迎えてくれたときの態度でなんか隠しているなと思ったけれど、当たっていた。そして探りを入れるまでもなく謝ってきた。気が弱くて私のことが好きなミコト様が、私に被害が及ぶようなことはしないとは思っているけれど、この後ろめたそうな表情はどうなんだろう。
「その……ルリが仕事を辞めぬままに正月が過ぎたであろう」
「いずれ辞めますけど、とりあえずはまだ続けてますね」
「それでその、ルリが次の勤め先を見つけたらば、仕事を辞めると言うておったな」
「言いましたけど……もしかしてそれ関係でなんか祈ったりしたんですか?」
いい転職先が見つかりますように、とか、面接をうまく乗り切れますように、だとか。
世の中でありふれているそういったお願いは、ミコト様がやったらシャレにならなくなってしまう。なんせ神である。願いを叶える側である。
ミコト様が本気で祈ると、そうなりますように、の程度を超えて物事が動いてしまうのだ。
私が高3の夏に初めて受けた模試で、その効力は存分に発揮されてしまった。
前日から気候がとてもよく、程よく頭と体を動かしたせいでぐっすりと深く眠り、そして朝から快晴。模試会場の予備校まで一度も信号で引っかかることなく、風はほどよく涼しく日差しは柔らかく、そして席順は冷房に当たりすぎず通路からの熱気も感じないベストポジション。
それだけならばまだ偶然と言えたかもしれないけれど、出題された問題が全て私が前日に見直していたものばかりだった。そしてあまり勉強できなかった範囲は一切出題されなかった。
結果、私は実力以上の点数を叩き出してしまい、国立難関A判定、予備校には特待入学を勧められ、先生には志望校を変えるアドバイスをもらったのである。
あの模試の結果を握りしめ、私はミコト様に約束させたのである。
熱心に私の成功を祈らないように、と。
「まさかまた」
「ち、違う! 断じて! いやその、私は具体的に祈ったりなどはしていない! 普段通りのことぐらいで!」
「私“は”?」
「…………いやその、縁に強い神に少し相談を……相談をしただけだ! 祈るのは控えてほしいときちんと告げたのだ! なにかよい方法はないかと尋ねただけで!」
つまり、自分が祈ると怒られるから、他の人に遠回しに頼みに行ったらしい。
縁結びの神、と聞いたら、雑誌で特集されてるような神社がいくつか浮かぶけれども。どこの神社であってもなんかすごそうだし、そんなすごそうな神様相手にめんどくさい相談をしに行ったミコト様も度胸があるというかさすがは神様の一員というか。
「縁の神様に祈られたほうが強力になっちゃうんじゃ」
「祈っておらぬ! 祈っておらなんだ! ただその、我々の関知せぬ場所でよいことがあるように、と少しだけ」
「祈ってるじゃないですか!」
「すすすすすまぬ」
ミコト様は大きな体を丸くして私に平謝りしていた。
お願いに行ったはいいものの、なんか祈られてしまい、私との約束を破ったことになったのでは、と後ろめたく感じていたようだ。
「ルリよ……本当に申し訳なく」
「まあ、私のことを心配して動いてくれたっていうのはわかるので、怒ってはないんですけど」
「ルリよ!」
「でも明日から謎のアクロバット展開で会社が潰れたり不自然な状況で大手企業とかに即日就職が決まったりしたらしばらくミコト様とは別々に寝ようと思います」
「あなや!」
その後、ミコト様はまたバタバタとどこかに出かけていき、いまいち不安な顔をして帰ってきていた。お祈りしてくれた神様に取り消しをお願いしに行ったのかもしれない。一応話は聞いてくれた、とミコト様は言っていたけれど、その日以降すずめくんとめじろくんがやけににこにこして「よかったよかった」と外に出かけなくなったので私は怪しい気持ちのままで過ごすことになったのだった。




