神様の大事な仕事9
通勤ラッシュの電車に揉まれて、最寄駅で押されるように降りる。改札を出るとちょうど目の前に車が止まった。運転席の窓が開けられるのと同時に、隣を歩いていた疲れたサラリーマンが息を呑んで立ち止まる。
「蝋梅さん、ありがとうございます」
匂い立つような美人の蝋梅さんは、実際に花のいい香りを纏っている。控えめな微笑みで会釈した蝋梅さんが送り迎えしてくれるたびに、誰かが心を奪われているのだからすごい。紅梅さんも白梅さんもたまに出かけているけれど、あれだけ美人でストーカーとか付かないのかちょっと心配だ。もしそんなことしたら、路地裏で急に猪突されたりタヌキに化かされたりすると思うけれど。
なるべく負担を減らすように、というミコト様のお達しにより、私は最近朝晩の送り迎えをしてもらっている。ギリギリまで寝て体力回復したい朝も車の中でパンを食べられるし、帰りは疲れた足をヒールから解放できてものすごくありがたい。
蝋梅さんの負担になっていないか心配だったけれど、聞いてみると蝋梅さんは眉尻を下げて首を横に振り、私の手を両手できゅっと握ってくれた。気遣ってくれているようだ。その時に渡された「まむしドリンク」はどう見ても怪しいオーラを放っていたので、お守りとして会社に置いている。
「おお、ルリや、おかえり」
「……ミコト様、今日はなんだか徳が高いですね」
「う、うむ」
ちょっと照れたミコト様は、平安っぽい正装をしていた。ちゃんと烏帽子もかぶっている。和装が好きとはいえ普段は着崩していることも多いので、ぱきっと着こなしているのは珍しい。
「何かあったんですか?」
「いやいや、知人に少し頼み事などを」
そう話しているミコト様の目がすい〜っと泳いだので、私は目を細めてじっと見つめてみた。ミコト様の目が池の鯉レベルで泳ぎまくり、そして汗をかきはじめている。
「……」
「そ、む、あ、ルリよ、その、風呂はどうか? つ、疲れたろうし、体を休めた方が」
「……」
「きょ、今日は炭酸の風呂がよいのではないかと、わ、私は思……うが」
じーっと見つめていると、梅コンビがそそっと近付いてきて私をお風呂に入るよう促す。手を取られて歩きながらもじっとミコト様を見つめていると、ミコト様はチラチラとこっちを見つめながらも目が合うと慌てて逸らしていた。
なんかあやしい。




