這い寄るモフモフ1
フツーに暇だ。
毎朝早起きしてミコト様と鯉にエサをあげ、一緒にご飯を食べる。あとは大体私のやることはない。なさすぎて、暇すぎ。たまに掃除の手伝いをするけれど、雑巾がけの速度が全く違いすぎて私を気遣ってもらっているのがわかるので、邪魔にならないようにそう毎日させてもらうわけにはいかなかった。
すずめくんやミコト様に何かやることがないか訊いてみても、みかん採ってきてだとか、遊んでてよいだとか、あんまりいい感じの答えはもらえない。昼間っからゴロゴロするという選択肢に戸惑いがなくなってきたくらいだった。
「眠くなってきた……」
たまーにミコト様が暇であれば州浜の続きをしたりオセロをしたりするのだけど、今日はお礼参りに来る者と会うとかで残念そうに仕事へと向かっていった。
朝ごはんを食べたお腹が落ち着き、太陽も段々と高くなり始めて日差しが暖かい。お屋敷の縁側っぽい部分は外側に低い手すりがついているのでゴロゴロしていても落ちる心配もないのだ。すずめくんが甲斐甲斐しく差し入れてくれた昼寝用の枕を敷いて横向きに寝転がり、縦に広がる春の庭を堪能する。
暖かい春の庭で風もないのにちらちら落ちる桜を見つめていると、段々と瞼が重ーくなってくる。目を開けているより瞬きをしている時間のほうが長いくらいになった時、もう何のためにまぶたを持ち上げているのかわからなくなった視界で何かがぴょこんと生えた。
色が混じった灰色の三角形がふたつ。
「……」
ウトウトしながら何となくそれを見ていると、手すりの向こうに出てきたそれがにょきにょきと伸びて、黒い逆三角がついてくる。濡れたように光っているそれはひくひくと動いてから、くりっと全体が傾げた。
灰色とも茶色とも言えない毛に2つ、つぶらな目がこっちを見ている。
「わんこ……?」
こちらの匂いを嗅ぐかのように鼻をフンフンと鳴らしながらしばらくじっとしていた犬は、にゅっと顔を引っ込め、それから再びにゅっと顔を出す。そして口に咥えたぬいぐるみっぽいものを手すりの隙間から押し込んだ。
ぐいぐいと犬が押し込むと、ぬいぐるみがきゅーきゅー鳴く。ころん、と縁側に入り込んだぬいぐるみは太くて短い手足でよちよちと動いた。
子犬だ。
「かわいいー……」
むちゃむちゃ口を動かしながらよたよた歩く子犬が3匹並んだ頃には、眠気は吹き飛んでいた。
起き上がって子犬に近付くと犬がじっとこちらを見ていたが、そーっと子犬を撫でているとしばらくしてまた子犬を押し込む作業に戻っていく。
「ミコト様が飼ってるのかな」
子犬はむくむくした柔らかい毛をしていて、まだ歩くのもおぼつかなかった。テディベアが動いているように見えるのは、成犬になっても鼻の部分がやや短いからだろう。全部で5匹の子犬を押し込み終わった犬は満足そうにこちらを眺めている。大きさは柴犬より少し大きいくらいで、足が長いのでスタイルがよく見える。尻尾はだらんと垂れていた。
くぁう、きぃーう、と鳴く子犬をひたすら撫で、鼻先を手すりの下からこちらへ出してじっとこっちを見ている犬にも手を伸ばしてみる。そーっと手のひらを近付けると、指先をフンフンと熱心に嗅いだ犬が撫でるのを許可するようにじっとこちらを見ていた。ゆっくり額を撫でると、徐々に目を細めていく。
「わー……犬かわい……くさっ」
撫でた手がまさに濡れた犬っぽい匂いになってしまった。子犬を持ち上げて嗅いでみると、こっちもじんわり臭う。
外飼いでも犬は洗うべきだと思う。
私は手と犬と子犬を洗うべく紅梅さんと白梅さんを探すために立ち上がった。