神様の大事な仕事2
寒さに体を震わせて一旦部屋に戻り、もこもこ靴下と半纏を装備して戻ってきて電気をつけても、ミコト様は井戸のそばでしくしく泣いていた。
なんで井戸。
「ミコト様、風邪ひきますよ」
神様が風邪を引くのかは怪しいけれど、一応そう声をかけてみた。たまに「今日は調子がようない」とか「風邪を引いた気がする!」とか主張している日があるので、神様でも具合が悪くなることもあるのだろう。めじろくんとすずめくんが仮病だとヒソヒソしていたけれど。
つっかけを探して庭に降りると、冷たい雪が顔に当たる。肩をすくめて近寄ると、ミコト様は袖を下げて赤い目を覗かせた。
「ル、ルリよ……」
「何か悲しいことでもあったんですか? ていうかなんでこんなとこに」
「わ、私は……私の願いが……」
久々の泣き虫神様である。私が風邪を引きそうだったので、とりあえずミコト様の背中を押してお屋敷に戻ることにした。ミコト様は押されるがままに進んでくれるけれど、時折ウッウッと泣いている。
私が仕事している間に、一体何が。
縁側に戻ってつっかけを脱ぐと、軽い足音を立てながらめじろくんがやってきた。左手に畳んだタオルを何枚かと、右手には急須が載ったお盆。湯呑みはちゃんとふたつある。
「ありがとうめじろくん。あのさ、何があったかわかる?」
タオルを受け取りながらそっと訊ねると、めじろくんがじっと私を見上げて、それからふう、と溜息を吐いて肩を竦めた。座卓にお茶を置くとそのまま去っていってしまう。
なにやら意味深だ。
気になるけれど、まずはミコト様を拭くことにした。雪の中で立っていたせいで、髪や服が濡れている。
「ミコト様、井戸に何か落としたんですか? りすさんやすずめくんにお願いしたら取ってくれますよ」
「ち、ちがう……」
「じゃあどうしたんですか?」
ゆるく結んである長い髪にタオルをあてながら聞くと、ミコト様はまたぽろりと涙をこぼした。袖で隠そうとするのを止めて、タオルで拭いてあげる。ミコト様は濡れたまつ毛を伏せたままじっとされるがままになっていた。拭き終わると、目を開けて私を見つめる。
「ルリよ……私が今から言うことは、ルリの意にそぐわぬものだと重々わかっておる。しかしその上で、私はこの思いを止められぬ」
「言ってみてください」
「わ、私は、ルリを縛り付けたくはない。そうしたいと思わぬといえば嘘になるが、私はルリがやりたいことを自由にやっているのが嬉しいのだ。しかし、しかし」
ミコト様は自分の袖をきゅっと握り、そして決意したように息を吸った。
「ルリよ、私はルリに仕事を辞めてほしいと思っているのだ……!」
「私も正直辞めたい…………」
「えっ」
思わず暗い声で頷くと、ミコト様がぱちくりと瞬いた。




