神様の大事な仕事1
「疲れた………………」
お出迎えしてくれたメンバーが一瞬戸惑うほどの実感がこもった言葉が出たのは、今日が大晦日の19時で、私はなんとか仕事から帰ったからである。
「る、ルリや、顔色がよくない。手洗いうがいを終えたらはよう炬燵に」
「お風呂入ってちょっと寝ますね。夕ごはんは自分であっためるんで先に食べちゃっててください」
「ルリや……」
最近忙しかったけど、流石にここまで仕事が納まらないとは思っていなかった。
もう今はとにかく何も考えず湯船に浸かりたい。
すずめくんに鞄を持ってもらうと、私はコートを脱ぎながらまっすぐお風呂に向かった。帰ったらすぐに入れる状態になっているお風呂は、私の心のよりどころだ。
「……ルリや、ルリや、もう半刻ほど入っておるが、具合は悪くないか? もしや気が遠く」
「あ、ぼーっとしてました」
いい匂いのするヒノキの風呂桶を水面でくるくる回しながら虚無になっていたら、ミコト様が脱衣所から声をかけてきた。大丈夫だと返事をすると、もごもご言ってから出ていく音がする。どうにか気合いを入れて立ち上がり、桶とアヒルを片付けてお風呂から出る。
「ルリよ、仕事がよほど大変だったのだろう。何か食べたいものはないか? 今日は大晦日ゆえ、あれこれ作っておるが」
「んー……」
ドライヤーとヘアブラシを持って待機していたミコト様が、髪を乾かしてくれながら心配してくれている。温風の大きい音を聞きながら考えるけれど、色々と挙げてくれた私の好物も今はさほど食べたい気持ちにはならなかった。
「茶はどうか? 加蜜列の茶を飲みたいと言うておったろう」
「ありがとうございます。後で飲むので先に寝てもいいですか?」
「う、うむ……しっかり休むがよい」
とにかく横になりたい。座ってるだけの体力も残ってない気がする。油断すると立ったまま寝そうだ。
髪をサラツヤに乾かしてくれたミコト様にお礼を言って、私は部屋に戻ってお布団にダイブした。真っ白でシワひとつないシーツは少しひんやりしていて、足を動かすと肌がいい感じに冷えていく。
疲れた体を覆うようにふかふかな羽毛布団をしっかりかぶって、目を瞑る。
「…………」
なんか寝れない。
疲れのせいで変に神経が興奮しているようだ。目を瞑ると仕事のあれこれが思い浮かんで、むしろ眠気は逃げていく一方だった。
大体1時間くらいの間、何度か寝返りを打ってみたり掛け布団の位置を調整してみたりしたけれど、効果がなかった。かといって起き上がるほどの元気は残っていないので、寝転んだまましばらくウダウダする。枕元に手を伸ばしてスマホを見つけると、スリープ状態を解除して画面を光らせた。
ブルーライトが睡眠によくないって聞くけれど、そもそも寝れないんだからどうしようもないと思う。
最近ハマっているパズルゲームを無心でやっていると、風で雨戸が揺れる音がした。
冬の庭は今日も雪だ。ホワイトクリスマスのときは雰囲気が出て楽しいけれど、大晦日の雪はなんだか少し落ち着かない気がする。
画面をタップする音と風の音だけが響く部屋でしばらく横になっていると、やがて他の音が混ざっていることに気がついた。
ゲームを一時停止して、聞こえてくる音に耳をすませる。家事に走り回る足音が聞こえないお屋敷は静かだ。ヒュルヒュルと聞こえてくる風の音の合間に、確かに何か聞こえる。
体を起こして、布団の中から出る。
少しひんやりした床を裸足で歩いて襖を開けると、しくしく、と悲しげな泣き声が聞こえてきた。
お屋敷の中からじゃない。
縁側の外は、雨戸を閉め切っていて何も見えない。けれどいつも過ごしているお屋敷なので、そこに何があるかはわかる。綺麗に掃除された砂利に、春を待つような南天や梅、みかんの木。そして小さな井戸もある。庭仕事をしているりすさんが、水やりのときに使っている井戸だ。井戸水は冬はあたたかいのだとめじろくんが言っていた。
その井戸のほうからしくしく鳴く声が聞こえてきている気がする。
「……」
もしかしてあの井戸、番町皿屋敷的な、いわくがあるものだったんだろうか。
うちで皿の枚数が合わなかったらすずめくんが号令をかけて見つかるまで捜索が行われているはずだけれども。そしてワレモノは割れても大体金継ぎされてるけども。
ちょっと考えてから、雨戸を引っ張って開ける。真っ暗な中で積もる雪は、かすかな光に浮かび上がるように見えた。
屋根のついた井戸のところに、誰かが立っている。
しくしくと泣いているその姿に、私は声を掛けた。
「……何やってるんですか? ミコト様」




