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バレンタインデーは計画的に

「ルリ! よう帰った! 外は冷えたろう、ささ中へ」


 大学の試験も終わり、レポートを提出して帰ると歓迎された。

 いつも歓迎されているけれど、今日はなんだか後光がすごい。にこーっと笑ったミコト様は、私のカバンを受け取り上着も受け取ろうと待ち構えている。


「ミコト様、ただいま。……もしかしてチョコ作った?」

「もちろんだ! 今日はばれんたん上人の生誕祭であろう!」

「バレンタインデーね」


 頭に浮かんできた水墨画風の聖人を追い払いつつ、私はミコト様に手を引かれて廊下を進む。手洗いうがいをしているときでも、大学はどうであったとか、体を冷やさなんだかとか、ミコト様はかなり上機嫌に話しかけてきていた。


「ルリさまおかえりなさいーっ!! もう準備できてますよ!」

「え、なんの?」

「みなが待っています」

「今日なんか予定あったっけ?」


 わーっと走ってきたすずめくんとめじろくんが、それぞれ私の腕にしがみついてわーっと来た道を戻る。ミコト様は残念そうな声をあげながらも一緒に早足になってついてきた。

 洋間のダイニングルームに入ると、チョコの香りがより濃厚になる。


「うわぁ」

「ねっすごいでしょう?」

「早く食べましょう」


 これケーキバイキングで見るやつじゃ。

 大きなテーブルの中心に、これまた大きなチョコレートファウンテンが鎮座していた。5段に重ねられたカップの一番上から、チョコレートがなみなみと溢れている。

 ミコト様を見ると、照れたように袖で口元を隠して笑った。


「ちょこれいとの菓子もあれこれ考えたが、今年は趣向を変えようと思うてな」

「あるじさまルリさま! おはやく!」

「マシュマロからにしますか?」

「焼き菓子もあるのよ」

「水菓子もあるのよ」


 たぷたぷのチョコレートと、それをつけて食べるためのお菓子たち。マシュマロ、パイ、クッキー、フルーツなどが竹串に刺さっていて、それぞれが大皿に円形に並べられている。

 その中からあれこれと選んだミコト様が、取り皿に載せたものを渡してくれた。

 リボンの巻かれた竹串を持ち上げて、マシュマロを観察する。


「……このマシュマロ、ミコト様が作ったんですか?」

「うむ。ちよこを溶かしただけでは作ったとはいえぬのでな。ましゅうまろは卵白の泡立てをすずめが手伝うてくれたのだ。それなるぱい生地は、めじろが伸ばしてくれたし、クッキーの型は梅らが抜いてな」

「みんなで作ったんですね」


 朝、出かけるときまではこんなチョコレートパーティーが開かれる気配はなかった。いつもの和風朝食だったし、みんなの態度も普通だった。いつの間に計画してたんだろう。


「言ってくれたら私も手伝ったのに」

「ルリを驚かせたかったのだ」

「そりゃびっくりしますよ」


 私が言うと、ミコト様はにこーっと嬉しそうに笑う。そしてさあさあと勧めてきたので、私は薄いオレンジ色のマシュマロをチョコレートの中に沈めた。


「……美味しい!」

「そうか!」

「このマシュマロ、オレンジ風味なんですね。チョコと合ってて食べやすいです」

「うむうむ、柑橘とちよこは合うとすずめが言うておってな、こっちは檸檬、柚子のもある」


 チョコファウンテンでもミコト様の凝り性が発揮されたらしく、フルーツ以外のものはみんな手作りしたらしい。そしてそのひとつひとつが、それだけでお店に出せるほどに美味しい。特にマシュマロは絶品で、きめ細かくなめらかな食感と、柑橘の香りとほのかな酸味がえもいわれぬ一体感を醸し出している。フランスとかでお菓子の賞を取れそうな味だ。日本の神様だけど。


「ミコト様、マシュマロ作るの上手ですね。パイもサクサクで美味しい」

「ああ、ルリよ、そのまま食べて……もいいが、チョコをつけるともっとよいぞ」

「あるじさま! こないだの塩キャラメルもつけましょう!」

「あるじさま、ポテチも合うそうです」

「梅酒の梅も合うわねえ」

「梅干しはどうかしらねえ」


 やや無軌道になってきているけれど、みんなもチョコファウンテンに喜んでいた。無限に流れるチョコレートはみんなのテンションを上げる効果があるらしい。私もそのひとりで、ミコト様の美味しいお菓子とチョコレートのマリアージュを存分に楽しんだ。


「おいしかった。お腹いっぱい」

「うむ、よいちよこであったな」

「すずめも食べ過ぎました……」

「夕飯を遅くするよう、厨に伝えます」


 チョコパーティーを堪能し、みんなで片付けをして、私とミコト様はソファで一休みする。


「ミコト様、バレンタインのこと何も言わないと思ってたら、こっそり計画してたんですね」

「うむ。さぷらいずというやつだ。ルリが試験で忙しかろうと思うてな」

「疲れが吹き飛びました。ありがとうございます」


 私が手を握ると、ミコト様はまた嬉しそうににこーっと笑う。

 ……。

 そんなに無邪気に笑われるとちょっと気まずい。


「私も、バレンタインの用意をしたんですけど」

「そ、そうなのか! それは嬉しいな」

「……チョコなので、今日はもう無理かと」


 大学の帰りに寄って買ってきた、デパートのお高いチョコだ。美味しいと思う。

 でもミコト様のお菓子が美味しすぎたせいで、もうしばらくチョコを食べたくない気持ちになっている。ミコト様も同じだと思うので、言い出すのがちょっと気まずかった。でも黙っててなかったことにしたら無言でしょんぼりするだろうし。


「買ってきたもので日持ちはするので、また今度食べましょう」

「いやそんなことはない! ばれんたんの日に貰うのがよいのであろう! ルリよ、今くれぬか」

「いや無理ですってミコト様。ミコト様だっていっぱい食べたでしょ」

「ルリがくれるならどんなものでも食べてみせる……!」


 明らかに無理をしている。

 結局、ミコト様を説得して日にちを空けて食べることにした。ミコト様は愛ゆえにすぐに食べようとするので、私のチョコはパッケージに包まれたまま冷蔵庫に保管され、すずめくんとめじろくんの監視下に置かれたのだった。

 これ以降、私たちのバレンタインは事前に話し合って決めることとなった。






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