お正月のあとには
いつの間にか近寄ってきていたミコト様が、私の手をそっと握り、痛ましげな眼差しで私を見つめて言った。
「ルリよ。どうかそなたの心の内を明かしておくれ。何がルリをそう苦しめているのか、私にできることを教えておくれ」
しっかりと手を握ったミコト様は、今日こそは逃さぬとじっと待つ。
その視線に耐えかねて、私は現在1番の懸念事項を告げることにした。
「太った」
「は?」
「太ったんです。3キロも」
どんな悩み事でさえご神力で解決してみせる、的な雰囲気を出していたミコト様が、一転して困惑した表情になった。
「そのう、ルリよ、それがそなたの悩みであったのか?」
「はい。見て見ぬふりをしてたんですけど明らかにお肉ついたんで、体重測ってみたらきっかり3キロ増えてました」
「そ、そうか……ちなみに3きろというのはどのくらいの」
「うちで買ってるお米1袋が5キロです。だからあれの6割くらい」
「なるほど……」
ミコト様は頷いてはいたけれど、事の深刻さをいまいち把握していないようだった。
私がこうなってしまった一因になっているということすら気付いていなさそうだ。
そもそも、年末年始は何かと豪華な食べ物を食べる機会が多かった。
大学関係で飲み会にも誘われやすいし、前のバイト先から忘年会のお誘いもあった。クリスマスにロマンチックな憧れを持つミコト様がご馳走を作り、そしてそのご馳走の試作品は12月当初から振る舞われた。お正月はお正月でミコト様お得意の日本料理がこれほどかと並び、やれお雑煮やらお汁粉やらとみんなで餅つきして作ったお餅もふんだんに振る舞われた。
初詣はご自宅で完結してしまうし、めじろくんが長編小説をそっと置いたのでハマったし、すずめくんがホームシアターを買ったせいでおうち映画三昧だった。コタツに座っていればごはんとおやつと娯楽が運ばれてくる生活をしていたら、誰だって太るに決まっている。
「なのでダイエットします」
「なんと!!」
私が宣言すると、ミコト様はこの世の終わりみたいな顔をした。
「大干支はならぬ!! ル、ル、ルリよ!! また私の作った料理を食べぬつもりであろう!!」
「安心してくださいミコト様。ちゃんとご飯を食べながらやります。だけど量は半分にして朝は炭水化物抜きで」
「半分などと! 私のルリが飢えて死んでしまう!」
「死ぬわけないでしょミコト様。脂肪がついてるんですよ脂肪が」
料理がライフワークになり、美味しいものを私に食べさせることを趣味としているミコト様。いつもはありがたいけれど、今はもはや敵だ。
できぬゆるさぬと首を振るミコト様の肩を私は叩いた。
「ミコト様、時間がないんです。早く体重を戻さないと……」
「も、戻さぬと……?」
そっと囁く。
「今年のバレンタインデーは中止になります」
「あなや!!」
地獄と煉獄が同時に来たみたいな顔をしたミコト様は、苦渋の決断をしたのだった。
「ルリさまー、例のもの届きましたよ!」
「ありがとうすずめくん」
「シアタールームにセットしておきました!」
とりあえず食事量を減らし、毎朝のウォーキングとストレッチを日課にして3日。大学から帰るとすずめくんがきらきらした笑顔で報告してくれた。
「ルリよ、よう帰った」
「ただいまです」
「して、例のものとは……?」
手に『おいしくて健康的に痩せる! やせうまレシピ200選』というレシピ本を開いたままのミコト様も気になったらしく、手を洗ってシアタールームに行く私についてきた。
「ル、ルリよ。このここなつ油というものはどんな味であろうか」
「ココナッツって、えーと、ヤシの実? ですよ。ほら、夏にジュースで飲んだやつ」
「椰子……では甘いのだろうか? 体によいと書いてある。おりぶ油とどちらがよいか……」
「体にいいっていっても油ってカロリーですからねミコト様」
「うぬぅ」
健康そうな食材を片っ端から取り入れようとする結果料理の量が増えがちなミコト様に釘をさしてから準備をする。唸りながらページをめくっていたミコト様が、不思議そうに首を傾げた。
「ルリよ、それはげぇむか?」
「そうです。でもただのゲームじゃありません。体を鍛えられるゲームです」
「なんと」
ゲームといえばみんなで座ってやるものだと思っているミコト様が、大きくて丸い円型のコントローラーを見て目を丸くしている。無理もない。
「これ、結構効くらしいですよ」
「効く、とは」
「筋トレに。体重減らすのも大事ですけど、体型も気にしないとなって思って」
「私はやはり、ルリがそれほど気にするほど変わっておらぬと思うが……」
「変わってます」
私がこれほど悩んでいるというのに、ミコト様はピンときていないようだ。体重を落とすことよりも、きちんと食べさせることに焦点をおいていることからもそれがわかる。神様レベルの器の大きさがあれば私がかなり太っても愛してくれるのかもしれないけれど、それって愛だろうか。
そもそも、ミコト様は同じように飲み食いしてるのになんで太らないんだろう。ミコト様だって私と一緒にコタツで寝落ちしてたし、台所には立ってるけど味見してるのに。
なんか悔しい。
「ミコト様、一緒にやりましょう」
「うむ?」
「これは一人用ゲームですけど、1日あたりのゲーム時間が短めだし、一緒にやってくれる人がいるとやる気が出ます。お揃いでゲーム始めませんか?」
「お、おそろい……わかった。げぇむはあまりやったことがないが、ルリと共になら始めよう」
「はい。頑張りましょうね。まずミコト様からお願いします」
ちょっと嬉しそうな顔をしているミコト様を見て、私はほくそ笑んだ。
20分後。
「……ルリ、ルリよ……ッ! こ、このげぇむはこれが普通なのか……?!」
「そうみたいですよ」
「あるじさま、もう少しです!」
「あるじさま、もっと腰を下げろと指示が出ています」
「こ、これ以上はもう……!!」
ゲームだけど、本格的に筋トレできる。そのレビューは間違いなかった。
あずき色のジャージ姿のミコト様が涙目になってヘトヘトになった姿を見て、私はダイエットのモチベーションを持ち直した。
「つらいことも一緒に乗り越えましょうね、ミコト様」
「ルリよ……!」
「さ、あとちょっとでクリアですよ。頑張ってください」
お屋敷でブームになったゲームとミコト様の献身もあって、私は無事に体重を戻すことができたのだった。




