トンネルの向こうには11
「というわけでな、狸よ、洗い熊と共に暮らしてみてはどうか」
「ひどいひどい!」
帰宅後、ミコト様が事情を説明すると、タヌキはわっと泣き伏せてしまった。
てっきり追い払ってくれると思ったら懐柔されていたのがショックだったようだ。
「住処をまるまる変えてしまったようなアヤツと一緒に住むなどと!」
「確かに色々手は加えてあるが綺麗に保っておるし、洗い熊もそなたが住みやすいよう変えていくと言っておったぞ」
「大和で生まれ大和で育った身に、異国のものは合いません……!!」
ふかふかなお腹に腹巻きをつけ、しくしくと嘆いているタヌキ。私はそっと背中を叩いて促した。
「まあまあ。ほら見てみて」
「ウッウッ、なんです」
私が見せたのは、海外で可愛がられているタヌキの動画。
タヌキは、世界的に見ればごく限られた地域に生息しているらしい。その珍しさと愛くるしいフォルムから、欧米で人気になったらしく、ペットとして飼う人がいるのだそうだ。
「お仲間が海外で暮らしてるんだって。ほら、こんなに愛されてるよ」
「異国で……」
「アライグマも同じ状況で外国に来た、いわば先輩みたいなものだよ。仲良くしてれば、海外のタヌキが困った状況のときに何か手助けできるかも」
「先輩……」
タヌキはちょんと座ってじっと動画を眺めていた。
そして何やら思うところあったようで、お社に帰るとお暇の挨拶をしたのである。
「アヤツの異国主義は我慢なりませんが、せっかく渡った国で冷たくされるのはつらいことでしょう。少し歩み寄ってみます」
「おお、そうかそうか。よい心がけだ」
「頑張ってね。イヤだと思ったらガンガン意見言うといいよ。キッパリ言うのが国際的態度だよ」
ミコト様が持たせたおやつやらお惣菜のタッパーやらを風呂敷に包んで背負ったタヌキは、てこてこと歩いてシェアハウスへと帰っていったのだった。
タヌキとアライグマは、異国でも頑張る仲間。仲良くしていってほしい。
……外来種として人間の頭を悩ませている仲間でもあるということは、内緒にしておこう。
「めでたしめでたし、ですね」
「うむ、とりあえずは、だな」
「あれ? どうしたんですかミコト様」
中庭でいつもの夜桜を眺めながら訊ねると、ミコト様はちょっと困ったような顔をした。
「まだ何か悩み事が?」
「ルリのことよ」
「私ですか?」
私は特に困っていることはない。今は課題もないし、アライグマとタヌキは面白かったし、このお屋敷のほどよい和洋折衷インテリアにも満足している。
何か懸案事項があっただろうか、と首を捻っていると、ミコト様が苦笑した。
「そなたの学友らが、猿に怯えて失神しておった。猿も記憶を失っておるし、その他の者も戻ってこぬと恐慌しておって」
「あ、忘れてた」
「ルリよ……」
行きは車で行ったけれど、帰りはミコト様のご神力でそのままお屋敷に帰ってきたので、外の状況をすっかり忘れていた。
そういえば放心状態だった猿田くんや、他の人たちがいたんだった。
「少し力を使うて今頃はみな家に辿り着いておるだろうが、ルリが途中から消えたことを覚えておる者もいるであろう」
「あ、ちゃんと帰してくれたんですね。ありがとうございますミコト様」
「いやいや、車を持っておったので背を押したくらいだが」
ミコト様は神様なので、ちょっと息を吹きかけたりすると人間の行動をかるーく操ったりもできる。人間モードならまだしも神様モードのミコト様を見ることができる人はほとんどいないので、操られた本人は覚えていないか、何か大きな力によって体が動いた、くらいの意識しかないようだ。
みんなの意識としては、肝試しに行き、帰りが遅いペアがいたりしてパニックになって慌てて逃げ帰った、くらいの意識にはなっているだろう。
私が消えていること以外は。
「私はまたルリが何やら言われぬかと心配で心配で」
「大丈夫ですよミコト様」
ルリの幻影も付ければよかった、と後悔するミコト様を私は笑って慰めた。
「いい言い訳がありますから」
「そ、そうか?」
「はい。だから心配しないで。アイスでも食べましょう」
「あいす……そ、そういえば、七色のアイスを作っておったのだ。ルリがどこぞのを食べたいと言っておっただろう。食紅でなく、紫芋やら蝶のぴいの青やらを使ってみた」
「また高みを目指しましたねミコト様」
「鳥らは寝ておるゆえ、アイスはふたりのひみつぞ」
「ひみつですね」
翌日。
「あの……、箕坂さん、昨日、置いて帰って……」
「大丈夫だった? あの、神社で」
顔色の悪い数人が、恐る恐るという様子で話しかけてきた。
私はそれぞれの顔を見て、それから最大限にすっとぼけた顔をする。
「昨日って? 私、昨日は大学終わったらすぐ帰ったけど」
「えっ? だって、打ち上げ行って、あのトンネル……」
「夜バイトだったから、打ち上げも断ったよね。え? 何の話?」
数人が顔を見合わせて、ざーっと顔色をなくしていた。
同期生と思って一緒に飲んでいたのは、一緒に肝試しに行ったのは誰だったのだろうか。
もしかして肝試しに行く前から、何かに魅入られていたのかもしれない……。
といったところだろうか。
猿田くんの自業自得擦り傷以外には怪我人もおらず、祟られた人もおらず、トンネルの気もお社の気も乱れず。
それでいて恐怖度はかなり高めなので、他の心霊スポットに行こうという気を起こす人もそういないだろう。アライグマが浄化してくれていたからよかったものの、他の場所は本当に危ないところもあるし、懲りてくれていたほうがいい。
大学生の恐怖体験としては、なかなか上等なものではないだろうか。
ねえ、と窓の外に問いかけると、イチョウの枝に止まってふくふくしていたすずめくんがチュンと頷いたのだった。




