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トンネルの向こうには10

「洗い熊よ、ふむす、美味であった」

「ありがとうございます! ミコト様がお作りくださったポンデケージョも美味しかったです」

「あの混ぜ粉は非常に便利だな。どれ、これにめえかあを書いておいてくれぬか」


 あまり口にすることのない異国料理、そして各国のインテリアの色合いやら文化やら。

 そもそも料理が好きで、お屋敷の居心地をよくすることが趣味みたいなミコト様はアライグマと話が合ったようだ。大層盛り上がりながら料理をし、そして食事を楽しんでいた。私もちょっとだけ味見したら美味しかった。フムス、濃ゆい。

 ふたりは並んで洗い物を済ませ、名に違わずなさすがの洗いっぷりにミコト様が感嘆していたのも微笑ましい光景だった。


「して、ルリよ。洗い熊の故郷についてわかったことを教えてほしい」


 アライグマから借りた、モフモフ毛皮のロシアっぽい帽子を被ったミコト様は、キリッとした顔で私に促した。向かいに座っているアライグマも、手をきゅっと組んで息を呑むように私を見つめている。私はスマホで見つけた情報を読み上げることにした。


「アライグマの原産地は北アメリカらしいですよ」

「北……あめりか」

「アメリカ大陸……!!」


 ガタッと立ち上がったアライグマとは反対に、ミコト様はあまりピンときていない反応だった。地図を見せると「ああ、はんばがぁの米国」と一応は理解したようである。


「思ってたのと違う……けれど大きくて大国が並んでるところが故郷だなんてちょっと嬉しい……でもでもきっとご先祖様はロウリュをして暮らしてきたものだと……!!」

「ご先祖がフィヨルド出身でもロウリュはしてなかったと思うよ……」


 憧れの北欧インテリアとの別れにショックを受けたり、アメリカンテイストに目を輝かせたり、アライグマは忙しそうだった。もうアイデンティティと内装は切り離して、北欧インテリアは趣味として普通に楽しんだらいいと思う。


「なるほどなるほど。洗い熊は米国から来たのだったか。ではそのあたりの文化を学べば、故郷を思い出す糸口となろう」

「それなんですが……」


 アメリカ大陸は、それこそ文化のちゃんぽんである。

 ネイティブ文化に始まり、移民が持ち込んだ文化、それらから派生したアメリカ独特の文化、経済の発展とともに築いてきた栄光、そして常に新しいものが生み出されている現状。

 軽く説明すると、アライグマは私のスマホを両手で掲げ、毛をふかっと膨らませながら目をキラキラさせた。


「ネイティブアメリカン! ウエスタン! オールディーズのネオンのなんと美しい……! ニューヨークの都会な香り……ああ、でもダイナーの雰囲気にも懐かしさを感じます!」

「うん、まあ、ダイナーに行ったご先祖様はいたかもね……」


 故郷ではアライグマがゴミを荒らしたりして疎まれているという事実は黙っておくことにした。

 アライグマはスマホを私に返すと、いそいそと棚を探り始めた。そこで取り出したのは、青味がかったガラス瓶。中には何も入っていないけれど、コーラの瓶だ。誰かが飲んでポイ捨てしたであろうそれは綺麗に洗われて、ピカピカに磨かれている。


「これはわたくしのひいひいじじさまが拾ったものです。じじさまには、故郷がわかっていたのかもしれません……!」


 しみじみと眺めてから、アライグマは空き瓶をきゅっと抱きしめた。

 健気なアライグマにちょっと胸をうたれてしまった。ミコト様を見ると「よかったよかった」と袖で目尻を押さえている。


「洗い熊よ、そなたもここに住まう者のひとりではあるが、故郷を思う気持ちは尊い。ふたつの故郷への想いをふむすのように混ぜ合わせ、ここで暮らしていくがよい。この地の神には私が話をつけておこうではないか」

「ミコト様、いいんですか?」


 ここに住む許可をミコト様が与えてしまえば、先に住んでいたタヌキはミコト様がアライグマを贔屓したと荒れるかもしれない。

 せめてインテリアの改善をしてタヌキとシェアハウスができるか試したほうがいいのでは、と私が言うと、ミコト様が困ったように首を傾げた。


「しかしルリよ。これほどの家を創ってしまえる洗い熊は、もはや我らの領域に片足を突っ込んでおるし」

「あ、そっか」


 外のお社は手ずから建てただろうけれど、その内部に広がるこの空間は、どう見ても外から見た広さとは釣り合っていない。

 この部屋やインテリアは、アライグマが力を使って創り上げたものだったのだ。

 それにしては庶民じみているし、テイストも混ざりすぎているけれど、つくりとしてはうちのお屋敷のミニチュア版に近い。


「洗い熊よ。あちこちを点々とし、ときに追われながらも、そなたらは真摯に暮らしてきたのであろう。ここでは信心を得にくく、まだしばらくは余所者扱いもされようが、腐らず真面目に生きていけば居場所もできよう」

「ありがとうございます……!!」


 アライグマは目を潤ませながら、ミコト様の言葉に深く頭を下げた。

 外来種問題は色々大変だけれど、アライグマだって侵略を目的にして自ら日本にやってきたわけじゃない。環境が合ったからといって、知らないいきものたちの中で疎まれて暮らすのはなかなか大変だったはずだ。

 せめてこのお社では、アライグマが何の憂もなく楽しく暮らしてほしいな、と思った。






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