トンネルの向こうには8
ふと目を開けると、自分が椅子に座っていることに気が付いた。曲線を複雑に付けた木材を組み合わせたロッキングチェアだ。膝の上にはなぜか毛糸を編んで作ったショールみたいなものがかけられている。視線を横にずらすと、小さなテーブルにはチロリアンっぽい刺繍のクロス。その向こうにある壁は真っ白な漆喰で、薄いカーテンが揺れる向こうにギリシャの白い街並みっぽいリゾート風景が広がっていた。
家の中に視線を向けると、反対側の壁はログハウスっぽい木で作られていて、北欧で有名なあのデザインメーカーのファブリックパネルが飾られていた。その隣には干すために編み込んだニンニク。アジアンな感じの暖簾の向こうには土間があり、誰かがそこで料理をしている。
「……いやどういうテイスト?」
思わずツッコミが口から出る。
六畳一間に古今東西のインテリアを詰め込んだ空間が、これほどごちゃごちゃするとは思わなかった。
鍋を覗き込んでいた後ろ姿が私の声にハッと動きを止めて、それからいそいそと上り框をよじ登ってきた。
「ようこそいらっしゃいました! ろくなおもてなしもできませんが、いまご飯を作っておりますから!」
「ご飯食べてきたのでお腹いっぱいだけど」
「いやいやご遠慮なさらず! ささ!」
灰色の手がポットを掴み、トポトポと液体を注ぐ。片手にマグカップ。反対の手に小皿を持って、まずどうぞとテーブルに置いた。
お高そうなティーカップにコーヒー。そして小皿に乗っているのは揚げた空豆。
「……」
ちぐはぐテイストが好きなタイプなのだろうか。
私が黙っていると、おもてなしをしてきた相手がハッと口を開けた。小さな牙が見える。
「あのあの、何か粗相をしてしまったでしょうか!」
「いや、別に粗相ではないと思うけど」
「申し訳ありません、なにぶんわたくし、どこの馬の骨ともわからぬモノでして……」
「それ自分で言うことじゃないと思うよ」
あと、馬の骨じゃなくて、アライグマの骨だと思う。
非常に恐縮しているその相手は、タヌキに似たいきものだった。目元に黒いマスクをしているような模様、そして尻尾は縞々。目を覆っている両前脚の指は長く、器用にパーの形に広げられていた。
タヌキのほかに、アナグマやらハクビシンやら、ミコト様のお屋敷には動物がいろいろ挨拶に来る。みんな似てるなあと思っていたけれど。見慣れたせいか見分けがつくようになっていたようだ。
タヌキの住処を乗っ取ったのは、このアライグマだったらしい。
「わたくしどもアライグマは、元々はよそからこの島へ移り住んだものでして」
「外来種だよね」
鍋の持ち手に布巾を載せて掴み、流しに置いた大きなザルの上にざあっと中身をあける。ザルをテーブルの上に運び、湯気の立った豆っぽいものを一粒取っては皮を剥く作業をしながらアライグマは語り始めた。
「おかげさまでよい暮らしをさせてもらっておりますが、なにぶんよそ者……あっちの土地では新参者と疎まれ、こっちの土地では侵略者と追い回され、代々のけものにされてきたのです」
「けものだけにね」
なんとなく豆の皮剥きを手伝いながら頷いた。外来種による生態系の乱れが問題になる昨今、あやかし界隈というか山界隈でもトラブルが起きていたらしい。
どこの野山にも、ヌシと呼ばれるボス格の動物がいる。そこをナワバリとする代わりに、そこに住む動物の仲裁を行ったり、侵略者と戦って土地を守ったりするのだ。ミコト様たち神様とも提携して平和を守る働き者である。
新参者がどんどん入ってくれば食べ物や住処が減り、ヌシに文句を言う動物は増える。ヌシは動物を守るので、新参者と戦って追い出す。ヌシに勝てば自分が新しいヌシとなってそこに住めるけれど、山のヌシといえば大体イノシシ、オオカミ、キツネ、そしてサル。ツワモノを退けられるほどの動物はそうそういない。
アライグマも手先が器用で中々賢いようだけれど、外来種だけに古来住む土地やら、顔がきく長老やら、いざというときに手助けしてくれる近くの住民やらがいない。人間社会同様にコネ、根回し、顔の広さが大きな戦力となる中での住処探しは難しいらしかった。
「代々あちらこちらを追われながらなんとか数を増やしましたが、わたくしどもにはふるさとがありません」
「そうだね」
「なのでどこかよい土地にふるさとを作りたいと、みなで手分けして探しているのです」
誰の邪魔にもならず、疎まれず、この土地に馴染んで子孫を増やしていきたい。
そう望みを口にするアライグマは健気だった。
「いや、タヌキの家を乗っ取るのはさすがにどうかと思うけど」
「追い出そうとしたわけではないのです! 決して! ただ、一宿一飯の礼に料理をしたり、あばら屋を直したりしているうちにタヌキどのは怒って出て行ってしまいまして」
「インテリアの趣味とか食生活とかが合わないと共同生活は難しいだろうしね……」
和洋折衷レベル100くらいのインテリアは、いっときお邪魔するには面白いかもしれないけれど、くつろげといわれたら難しい。ベッドに置いてあるパッチワークのカバーと江戸時代っぽい高い枕、その上に飾られているドリームキャッチャーだけでもおなかいっぱいだ。
「一緒に暮らす気があるなら、せめてこう、家具とかは統一しない? 北欧風なら北欧風にするとかさ」
「そこなのです! そこが我々一族の大きな悩み!」
豆をわしっと掴みながら、アライグマは力む。
「わたくしどもは……移住生活が長すぎて故郷の文化を忘れてしまっているのです……!!」
くぅと嘆いたアライグマを慰めながら思う。
わりかしどうでもいい悩みだった。




