トンネルの向こうには6
「じゃー行くかー!!」
酔っ払って既にヤバそうな人や肝試しに興味がない人と解散して、みんなで車に分乗する。普段バイトじゃないときは夕食までに家に帰るので、夜のドライブは新鮮だ。
あれこれ話をしていると、ふと窓の外で何かが動いた。
伸びやかに動く、白くて太い四肢。ゆったりと走っているのに、車の速度に追いついている。モジャモジャなたてがみに、大きく開けられた口からはみ出す牙。左右に揺れ動く雲みたいな尻尾。
「……」
なんでうちの番犬ちゃんが夜の国道を疾走しているのか。いや大方ミコト様かすずめくん辺りが付けてくれたんだろうけど。
石造な獅子ちゃんが疾走している姿は、普通の人には違ったように見えるらしい。しかし、街中を散歩しているときに大型犬に見えたならまだしも、車と同じスピードで走っている姿はグレートデンでも秋田犬でもおかしい。
私が慌てて「離れて」と口パクで言うと、獅子ちゃんは跳ねながら後方へと消えていった。誰かに見られていないか、私はこっそり周囲を見渡した。
後ろに座っていた男子が訝しげな顔をしていたけれど、どうやらバレずにすんだようだ。ホッと胸をなでおろす。
行く前に軽く調べたけど、タヌキが住むお社のそばのトンネルは有名な心霊スポットらしい。強い怨念が渦巻いていて、遊び半分で行くと必ず霊障に遭うといわれているのだとか。色んな人が実際に起きた出来事などを書いていたので、人気? の心霊スポットなようだ。
しかし幽霊を見たならまだしも、頭痛に悩まされたとか後日事故に遭ったとかを霊障だと決めるのはどうだろう。因果関係が証明しにくいのではないだろうか。無意識に不安に思っているせいで、関係ない出来事も関連付けて考えてしまうのかもしれない。
このトンネルも同じで、恐怖心からたまたま枯れ尾花を幽霊に見間違えたり、深夜の運転による不注意が事故を招いたり、はたまた夜中に出歩く不摂生が風邪という結果になるだけではないだろうか。
そう思ったのは、やけにこの場がクリーンだからだ。
「じゃー1組目出発ー! 生きて帰れよー!」
「こえーよ! 次の奴ら早くこいよー!」
盛り上がっているけれど、このトンネルには何もいない。トンネルの上、木の上にそっと獅子ちゃんがおすわりしているけれど、その他には何もいない。怨霊やら生霊やら地縛霊やらがいないのはもちろんのこと、通りすがりっぽい妖怪もちょっと妖に近い野生動物もいないのはどういうことだろう。どんな場所でも大抵は、何かはいるのに。そうでなくても、こういう薄暗くてジメッとしていて、地元の神様が遠いところにはくすんだ空気が残っていたりするのに。
「…………」
「箕坂さーん」
「え? 何?」
「俺らの番だって! ビビっててもいいから早く出発しようぜ」
私の顔の前で手を振ったのは猿田くんだった。お酒を飲んでいないはずの猿田くんは肝試しにテンションが上がりきっており、そして背後に浮き出るサルの顔も般若に似てきている。もしかしてクジで猿田くんとペアになったのは守護サルのせいだろうか。
「いってらー」
「ルリちゃん気をつけてー」
「はーい」
「猿田はなんか見るまで帰ってくんなよー」
「オイどういうことだよ!」
笑って見送られながら、トンネルの中に入る。暗くてジメジメしているので雰囲気はあるけれど、やっぱり怖いものは出そうにない。
スマホのライトで照らしながら進んでいると、猿田くんは段々つまらなさそうな様子に変わっていった。
「なーんか、雰囲気だけって感じだなー。頭痛起きるとか寒気やばいとか聞いたけど、別に普通だわ」
「そういうもんじゃない?」
「せっかく来たのにさー」
懐中電灯の光をランダムに揺らしながら歩く猿田くんは、何かが起こることを本気で期待していたようだ。あなたの背後でいつも超常的なことが起きてますよ、と指摘してあげたい。見えないんだろうけど。
期待はずれかもしれないけれど、私としてはトンネルに変なのがいなくてよかった。お目当てはこの先のお社だ。
ミコト様のいる神社も、最初に行ったときボロボロのお社だった。最近はもう限界な部分をすずめくんたちと一緒に新しく作り直したし、こまめに掃除もしているので、ボロでもそれなりに手入れされている感が漂っている。
そんな状態だったからか、お社が放置されていると聞くとなんとなく気になってしまうのだ。
ここの神様はどこへ行ってしまったのだろう。誰にも信仰されなくて消えてしまったのだろうか。どこかでのんびりしているといいけど。
「うわ、もう終わり?!」
「ほんとだ。意外に短いね」
「出口なくて2時間出られなかったって話、やっぱデマかよー」
「2時間も歩く前に普通は来た道戻ると思うよ」
がっくりと肩を落とした猿田くんは、しかし顔を上げたときには笑顔になっていた。その手には円筒形のものが握られている。上半分が赤色。どう見ても塗装用のスプレー缶だった。
「これでさーちっと雰囲気足してみねえ?」
「猿田くん、流石にそれはやりすぎなやつ」
いーからいーから、とスプレー缶を振る猿田くんに、とうとうお目付け役がブチギレてしまった。
あーあ。
私は半分諦めの気持ちで、猿田くんの首の後ろあたりからもくもくと煙みたいに茶色いサルの姿が巨大化していくのを眺めた。




