トンネルの向こうには4
「家を乗っ取られた?」
ぺそぺそと涙を肉球で拭うのはタヌキだった。新しいTシャツを着てちょんと正座をしている。Tシャツが新品なのは、最初着ていたボロ切れ同然の半纏をすずめくんが「こんなばっちいものお屋敷に上げさせません!」と怒って剥ぎ取ってしまったからである。本体の汚れと匂いは、私と梅コンビでお風呂に入れてふかふかふんわりに変貌した。お腹をぐうぐう鳴らしていたので昼食をカッカッと平らげ、お茶をおかわりして、ようやく陳情に至ったのである。
「ワタクシ、こう見えても小さな社を守ってきたのですが……ある日、倒れていたアヤツを助けたのが運の尽きでして」
「そのアヤツに乗っ取られたっていう?」
「そうなのでございます。元気になったアヤツは我が物顔で住み始め、あれよあれよと蹴り出され、庇を貸して母家をとられるとはまさにこのこと」
ヨヨヨと鳴くタヌキは、なかなかの年嵩らしい。ちゃっかり者の狐と比べてタヌキはおっとりしているので、お人好しを発揮した結果、路頭に迷ってしまったようだ。
一緒に話を聞いていたミコト様は、それは難儀であったのう、とお手製かりんとう饅頭のおかわりをタヌキに勧めていた。焦げ茶のおててが、同じ色の饅頭を両手で持ってカフカフと平らげている。食欲はあるようで何より。
「でもお社に住んでたってことは神様の仲間じゃないの? 相手も強かったとか?」
「ルリさまルリさま、あのタヌキは空き家に住み着いてただけだと思いますよ」
「えぇ」
すずめくんがそっと耳打ちしてくれたところによると、タヌキはよくそうやって地蔵や神仏のマネをしたりしているらしい。最初は暮らしのためだとか、イタズラ半分でやっているものが多いけれど、人間に丁寧にお参りされているとその気になってちょっとした力を得ることもあるのだとか。私の頭におだてられて木に登るタヌキが思い浮かんだ。
徳を積めば、神様……とまではいかなくても、神の使いくらいにはなるらしいけれど、いかんせんこのタヌキが借り暮らししていたのは放置された社。特に信仰されることも人のためになることをするチャンスもなく、のんびりシイタケなどを食べて生きていたようだ。
「勝手に借りてた家を奪われたと……それって罪に問えないんじゃ」
「シッ!」
「どうかどうか、アヤツを追い払うのにミコト様のお力をお借りしたく〜」
かりんとう饅頭を載せていた懐紙を丁寧に畳んだタヌキは、両手をついて頭を下げた。
ミコト様は、行き場のない動物や、現代で居場所をなくした化けかけ動物などをお屋敷で雇っている。他にもナワバリを守ってもらう代わりに従う約束をしている山の生き物などもいるので、このタヌキはその筋からミコト様を頼ってきたようだ。
頼られるとついつい力になりたいと思っちゃうミコト様は、なんだかんだいい神様だと思う。
「うぅむ……命を狙われたでもなし、離れた場所で無理に力を使うにもなあ。そなた、裏山に越してくればよいのではないか」
「イヤですうあそこがワタクシのおうちなのでございますうう! 一生懸命修理しながら暮らしていたのですう! それをアヤツめがあっという間に建て直し我が物のように……!」
「建て替えまでしちゃうようなひとなら、そっちにお社任せた方がいいんじゃ」
「ルリさまシッ!」
タヌキがオーイオイオイと泣き始めたので、結局ミコト様はなんとかすると言ってしまった。タヌキは何度もお礼を言いながら、住んでいたお社のある住所をミコト様に告げる。どうやら県境に近いトンネルのすぐ近くにあるそうだ。タヌキはしばらく裏山で過ごすが、1日も早く帰りたいのでくれぐれもと念を押していた。
「あるじさまったら、引きこもりなのに出かける用事引き受けちゃって」
「いや……うむ……すずめや、ひとつ出かけてくれぬか」
「トストコと反対方向なのでいやです!!」
大型スーパーの魅力にハマっているすずめくんは、代わりに仲裁に行くことをキッパリと拒否した。めじろくんも「家のことがありますので」とすげなく断っている。ミコト様はしょんもりしながらかりんとう饅頭を食べていた。できたてかりんとう饅頭、美味しいのでそんな寂しそうな顔で食べないでほしい。
「まあまあミコト様、ちょっと行って帰ってきたらいいんじゃないですか。週末あたりに蝋梅さんに車出してもらって」
「うむ……何事もなく終わるといいのだが」
「大丈夫ですよ。ミコト様より強い神様だってそうそういないんだから」
「そ、そうか、そうだな」
照れながら喜んでいるミコト様は、ちょっとやる気が出たようだ。
この分だと、出かけるついでにデートスポットに寄れば上機嫌になりそうだ。
私は特に心配もせずにお風呂に入り、そして寝た。
その問題の物件に肝試しに行くと聞いたのは、その翌日、大学でのことである。




