トンネルの向こうには3
フー、フーと低く吐き出される息の音が、同じ高さで聞こえてくる。
歩き回ってるはずなのに、しゃがみ込んでる俺たちと同じ高さで聞こえてくるのはおかしくないか。
人間じゃない、のだろうか。
そう考えると、恐怖感が増した。それは俺だけじゃなかったらしい。俺の腕を掴むミユちゃんの手にも力がこもっているのがわかった。
ただのイベントだと思ってたのに、何かが「出る」ハズなんてないと思ってたのに。
俺たちはただ息を殺して、その場で固まっていた。汗が額から流れ落ちても、足が痺れてジンジンしても、動かなかった。いや、動けなかったのかもしれない。
ウロウロしているよくわからない存在は、一度、俺たちのすぐそばまで来た。笹の揺れを感じるくらいに近付いたけれど、運良く見つからなかったらしい。しばらく止まった「それ」はやがて離れた。といっても、まだ神社の周囲をウロウロしている。安心して息を吐ける距離じゃなかった。
はやく消えてくれ。
遊び半分で来たことは謝るから、許してくれ。逃げさせてくれ。
それだけを願いながらじっとしていると、別の足音が近付いてきた。まさか、と思ったけれど、足音は軽くて規則的だった。
人間の足音だ。
よかった、という気持ちと、やばい、という気持ちが同時に浮かぶ。
誰がが近付いてくれば、このよくわからないものがいなくなるかもしれない。
けれど反対に、誰かがあれの犠牲になるかもしれない。
誰かが犠牲になる音を聞くのはいやだ。でも、逃げろと叫んだら、こっちが狙われる。
近付いてきたのは誰だ。次のペアなのか。6番目は誰と誰だったか。確か、鷲山は……最後で、悔しがっていた。箕坂さんが、猿田とペアになったから。
そうだ。次のペアは猿田だ。
猿田、助けてくれ。持ち前の明るさと強引さでこいつを追い払ってくれ。それか、箕坂さんを連れて引き返して、他の奴らでも警察でもいいから呼んできてくれ。
汗の滴が顎を伝って不快なのを耐えながら祈る。
すると、やがて近付いてきた足音に反応するかのように聞こえていた呼吸音が激しくなった。獰猛そうな、どこか興奮しているような息遣いが、道の方へ向けられているのがわかる。俺はもはや誰に何をどう祈っているのかわからないままに願い続けた。
「こらっ!」
俺とミユちゃんが同時にビクッと飛び上がる。
神経が張り詰めていたせいで死ぬほど驚いたけど、聞こえてきた一喝は、それほど大きくもなく低くもなかった。ただ竹藪の中によく響いた気がした。
……今の、箕坂さんだろうか。混乱していると、また声が聞こえる。
「馬鹿なことしてないで帰りなさいっ!!」
怒ったような箕坂さんの声が聞こえたかと思うと、ギーッと変な鳴き声が聞こえてきた。威嚇のような抵抗のような、それとも悔し紛れの声なのだろうか。敵意というよりは、箕坂さんの声に負けているような声だった気がする。実際、その感覚が間違っていなかったようで、やがてガサガサと動く足音は遠くへと消えていってしまった。
「………………」
終わった、んだろうか。
真っ暗で何も見えなかったけれど、声は確かに箕坂さんのものだった。追い払ったんだろうか。猿田はどこ行ったんだろう。俺らの前のペアはどうなったんだろう。
ぼんやり考えていると、腕を軽く叩かれた。
ミユちゃんが、立ちあがろうと促したようだ。隣で立つ気配がしたので、俺も慌てて立ち上がった。足が痺れていて動かせそうにない。立った状態のままで痺れに耐えていると、隣でライトが付けられた。汗と涙でぐちゃぐちゃになったミユちゃんの顔が浮かび上がる。
ミユちゃんは俺の方を照らして安堵したような顔になると、懐中電灯を道の方へと向けた。怪しい存在がいないか探すように光が素早くあちこちに移動して、やがて一点で止まる。ミユちゃんの顔が凍りついていた。
嫌な予感がする。
ミユちゃんが照らした先は、社だった。そこにひとりの女の子がいる。後ろ姿だけれど、箕坂さんの服装だった。箕坂さんが社に近付いたかと思うと、社の扉が勝手に開いた。そして、その中から真っ黒な手がいくつも出てきて箕坂さんの体が引っ張り込まれるように消える。
俺とミユちゃんは同時に絶叫して、それから目の前が真っ暗になった。




