日曜日のピザ
プキプキと声が聞こえて庭に下りると、ウリ坊が2匹、茂みから出てきた。
「どうしたの? 迷子? 遊びにきたの?」
裏山で暮らしているイノシシ一家のウリ坊たちはたびたび庭に紛れ込んでいるし、まれに街中でも見かけることがある。大きくて賢くて強いお母さんイノシシも、子沢山だとときどき手が回らなくなるようだ。
お迎えが来るまでうちで遊んでようねと縞模様を撫でていると、縁側を走る足音が聞こえた。振り返ると姿は見えない。しばらくすると足音が戻ってきたので立ち上がると、Tシャツを頭にかぶりながら小学生くらいの子が走ってきた。襟口からすぽっと頭を出した色白の少年は、ちょっと頬を赤くしている。
「へびくん、お出かけ?」
「はい、ルリさま。あの、おともだちがゆうげをともにと」
「あ、そうなんだ。最近友達とよく遊んでるね」
「ユイミーちゃんはへびをよくさそってくれます。こんやは、たくはいのぴいざあだからと」
「宅配ピザね」
シーザーみたいな言い方だったのは、伝言を受け取ったミコト様がカタカナに弱いからだろう。
「えびのぽっぷこーんもあるからって」
「ポップコーンシュリンプね。いいなあ美味しそう」
「……あの、ルリさまもいきますか?」
カリカリの衣とプリプリのエビを思い浮かべてつい羨むと、へびくんが気を使って誘ってくれた。
「ううん大丈夫。ミコト様に頼んでみる」
「あるじさまなら、きっとおいしくつくってくれます」
「これ、蛇や、蛇や」
噂をすれば、でぱたぱたとやってきたのはミコト様だった。割烹着と三角巾がよく似合っている。まだ夕方なのにお台所に立っていたらしい。ミコト様は手に持っていた布包みをへびくんに渡した。
「これなるたっぱぁを持って行くように。あり合わせですまぬが、いつも世話になってる礼と渡すのだぞ」
「ありがとうぞんじます」
「汁も入っておるゆえな、傾けぬよう……」
「ミコト様、何入れたんですか?」
「つくおきで佃煮を作っておったので幾つかな。小女子や昆布、それに時雨煮もな。若人は肉が好きであろう」
作り置き、の略語として教えた「つくおき」が、ミコト様の発音だとなんか「ツクヨミ」に聞こえてしまっていつもちょっと面白い。じっと見ていると、ミコト様は慌てて「もちろんルリの分もちゃんとある」と弁明していた。確かにミコト様の佃煮は美味しいけど、そんなに食い意地は張ってない。はず。
「それではあるじさま、ルリさま、いってまいります」
「うむ」
「気を付けてねー」
相変わらず料理が趣味なミコト様のお手製佃煮を両手で持って、へびくんは走っていってしまった。
「いいなあ、宅配ピザ。ねえミコト様、今日はうちもピザ頼みませんか?」
「頼む……ル、ルリよ、ルリよ、それは私の作った膳では満足できぬという意味か……?!」
「いえジャンクなピザが食べたいって意味です」
よよよと嘆いたミコト様は、普段毎日三食私のご飯を作っている。
ほかほか炊き立てご飯にシャケと味噌汁な朝ごはん、愛妻もびっくりな豪華お弁当、そして手の込んだメインディッシュに副菜たくさんな夕食。
美味しい。美味しいけれど、ミコト様の手料理にはジャンクさが足りない。
「ミコト様も一緒に食べましょう。ギトギトして体に悪そうな味で美味しいですよ」
「ギトギトで体に悪いならまずいのではないか?!」
「そこが美味しいんです」
「しかし……しかし私はルリには体に良い美味しいものを食べてほしい……」
「1日くらい食生活が乱れても大丈夫です」
「しかし……私以外の者が作った料理など……!!」
ギリギリと悩んでいるミコト様はおいといて、私は母屋の方に「ピザ食べたいひとー」と声を掛けた。
「はいはーい!!!」
「食べます」
「まあまあ何かしら」
「美味しいものかしら」
賛同者がわらわら寄ってきた。俗世の食べ物事情に詳しいすずめくんなどはもうすでに「Lサイズでいきましょう!! サイドもいっぱい付けて!」と目を輝かせてタブレットを操作している。くっついて画面を覗き込んでいるめじろくんも「これがいい」などと大変乗り気だ。遠くでは鯉の叫び声がしたけれどそれは聞こえなかったこととして、私の足元では、プキープキーとウリ坊たちが走り回っている。
「君たちは食べ……ていいのかな、雑食だし。お母さん怒るかな」
「今夜はぴいざあで決まりなのか……これから煮込み料理を仕込もうと……」
「ミコト様、煮込み料理は明日にしましょう」
「う……うむ……ルリがそう言うのなら」
結局ミコト様は私に譲ってくれるので、優しくていい神様だ。
でもまだちょっと不満そうなミコト様に私は手を差し出した。
「ミコト様、一緒にピザを取りにいきましょう。デートがてら」
「で、でーと……!!」
ぱぁっと笑顔になったミコト様が、私の手をギュッと握った。すずめくんたちが出かける用意を手伝ってくれる。
「お店ちょっと遠いから、いいお散歩デートになりますよ」
「うむ、うむ……うむ? ルリよ、ぴいざあは届けられるものではないのか?」
「ミコト様、ピザは取りに行くと1枚タダになるんですよ」
「ど、どういう仕組みなのだそれは?!」
まだまだ現代には不慣れなミコト様は、結局、ピザを美味しそうに平らげたのだった。




