神様もすなるクリスマスというものを2
やたらと高級感溢れる赤い生地に、綺麗に伸びる縫い目。
必要性を疑問視させるフードにはふわっふわのファーが付いている。胸元中央に縦三列で並ぶ真っ白いポンポンは、フェイクボタンだ。体のラインに沿って落ちた生地はスカート部分でフレアになっていて、フードや袖口と同じファーに縁取られていた。
この衣装、丈が制服並みに膝上である。
「衣装はお手製かなぁ……タイツは流石に違うよね」
ポンポン跳ねる鞠に話しかけつつ足元を見る。
寒くなってからは毎日タイツで登校していたけれど、ミニスカサンタ衣装と一緒に置いてあったのはただのタイツではなく網タイツだった。網目が細かくてあからさま過ぎないやつである。
すずめくん、現世慣れし過ぎではないだろうか。
着替えた服を持って、ミコト様へのプレゼントを取りに自室へ戻る。
平安ファッション世代のミコト様も、私と一緒に暮らすようになってから随分と洋服の布の少なさや露出度に慣れてきた。とはいえ、流石にこんな衣装は戸惑うのではないだろうか。またいきなり夜になったり倉に閉じこもってシジミ状態になられても困るんだけど。
プレゼントの箱を抱えて、中庭側の廊下を歩く。常春の庭の中央あたりにある池では、黒い鯉がばちゃんばちゃんと跳ねてアピールしていた。
「おおい、ルリよ」
「あ、ミコト様」
主屋のほうからちょうど顔を出したミコト様は、私の姿を見てピタリと動きを止めた。
これはシジミ化くるか。
「……なんと愛らしい!!」
「え」
「ルリよ、それはあれだな、夜な夜な鹿を率いて夜行し進物を配り歩くという三太翁を模しているのだな?!」
「サンタね、サンタ」
「絵本にある三太翁はふくよかな老年の男であったが、女子であるルリの着る衣のなんと愛らしきこと……そのふわふわが特に良い!」
ミコト様のサンタの発音がどこか和風なせいで、思い浮かぶサンタが水墨画風になってしまう。白くて長いヒゲがあるあたりは、倉に住んでいる屏風のおじいさんと似ているかもしれない。
「唐紅が目にも華やかで……袖も可愛い。このふわふわの白は雪に見立てているのだろうか?」
「さあ……」
「ルリが歩くとふわふわが揺れてとてもよい!」
どうやらスカートの短さではなく、衣装の可愛さにミコト様の意識がいっているようだ。私の周りをくるくると回っては、綿帽子がよいとか梵天もよいとかウキウキと褒めてくる。
なんだかちょっと恥ずかしくなってきた。照れまくるミコト様を理由に早く洋服に着替え直そうと思っていたのに、これほど喜ばれるとそれも言い出しにくい。
「えーっと、冬の行事だし冬の庭まで行きますか?」
「本物の雪は寒かろう、ここの吹雪を冬と見立ててはどうか」
ひらひらと舞う桜の花びらを雪に喩えてきた。私のファーが雪の見立てだと言っていたから、それに掛けたのだろうか。さすが神様である。
四季折々の庭が随時楽しめるお屋敷なので、時々一緒に冬の庭を散歩することもあるけれど、流石に上着もない状態で行くのはやめたようだ。私の衣装は耐寒性が低そうなのでありがたい。
「じゃあミコト様、プレゼントどうぞ」
「これをくれるのか! ルリ、早速開けても構わぬか?」
「はい。ちょっと重いので気を付けてください」
箱を渡すと、ミコト様の顔がますます輝いた。ついでに桜吹雪もますます舞った。
その場でそっと腰を下ろしたミコト様は、包装紙に巻かれたリボンと、止めてあるシールを丁寧に丁寧に外し始める。私が動画と勘を頼りにラッピングしただけなのでビリビリいってくれても良かったのだかれど、ミコト様は丁寧に剥がした包装紙をきちんと畳んで隣に置いた。箱もそっと開けて、ゆっくりと中を覗き込んでいる。
「これは……手箱か?」
「そうです」
ミコト様がじっと眺めるだけで取り出そうとしないので、私が取っ手を握って箱から出した。
「本当はソーイングセット……裁縫道具を入れるみたいなんですけど、これ、仕切りが多くて色々入るので、洲浜とかの細々した材料とか道具を入れたら便利かなって」
「なんと……」
「ここを持って開くと、両側に広がるようになってるんですよ」
中央に取っ手の付いた仕切りがあるその裁縫箱は3層に分かれていて、上のトレーを外側に持ち上げると階段上に広がるようになっている。一番下は深さがあり、上に行くにつれて浅くなっているトレーは、全体的にグレーのベロア風な生地が布張りされているので、上品だけれど男のミコト様が使ってもそれほど違和感はないと思う。
片側を開けて見せると、ミコト様はしきりに感心していた。
「なるほど、広げると入れたものが一目で見れるようになっておるのだな」
「はい。こっち側も開きますよ」
「こちらも……うむ? ルリ、何か入っておる!」
反対側を自分で開けたミコト様が、一番下のトレーを見て声を上げた。いくつか並んでいる小さな瓶をおそるおそる持ち上げる。
そこに入っているのは色とりどりの宝石、の、ごく小さな欠片である。
「友達に教えてもらったんですけど、宝石って、価値が認められる基準に満たないものが沢山出るらしいんです。小さ過ぎたりとか、色が良くなかったりとかで。で、そういうのは高く売れないので、比較的安い値段でまとめ売りされてて」
「それが、これなのか」
「はい。今度何か作るときに使えるかなーと思って」
小さい欠片といってもルビーやサファイアとかが入っているので、沢山揃えることはできなかった。けれど小さな小瓶に分けて入れるとそれだけでも見応えがある。ミコト様の指に摘まれて日の光に当たった小瓶は、キラキラと輝いていた。
そしてそれ以上に、ミコト様の目がうるうるキラキラと輝いている。
「なんと美しい……このようなものを贈ってくれるとは、ルリよ、今の私の気持ちはどのような歌人でも詠めぬであろう」
「喜んでくれて嬉しいです」
感激してくれているミコト様を前に、私は心の中でドヤ顔をする。
可愛いもの好きなミコト様だから、絶対気に入ると思った。おやつも好きだけれど最近はミコト様自身が作るおやつのクオリティが上がり過ぎて市販品を超えかけているし、迷ったけれど普段使いできるものにしてよかった。
そっと袖で目を押さえたミコト様が、私のプレゼントを両手で持ってそっと横へと置く。
それからテレテレと頬を染めつつ懐から布包みを取り出した。
「その、このような贈り物を前にしては恥ずかしいが……私のぷ、ぷぜれんとも受け取ってほしい」
「ありがとうございます」
そっと渡された包みは細長くて軽い。訊いてから開けてみると、中に入っていたのは二本の棒だった。
「お箸?」
「うむ。そ、その……私の作ったものを食べてくれるルリを見て、その、毎日使える、長く使えるような箸を送りたいと」
濃い青色に塗られたお箸は、試しに持ってみるとぴったりの長さだった。なだらかな角があって持ちやすく、物を挟むところには滑り止めで軽く段が付いている。反対の端には金箔で「るり」と名前が書いてあった。片方は「る」の上に鳥が留まり、もう片方では「り」の下を鳥が飛んでいる。細かくて凝ったデザインである。
「瑠璃色ですね」
「うむ、ルリはその、その色が好きだと言っていたから……、前はそのような色の漆はなかったものだが、たまたま見つけてな」
「えっ、もしかしてミコト様、これ自分で塗ったんですか?」
「うむ。庭にある木から彫り出して……初めてのことなので、下手かもしれぬが」
「全部作ったんですかすごい」
まさかの自作箸だった。これお土産屋とかで並んでいるお箸の一番高いレベルのやつだ。いつのまにこんな匠の仕事をしていたのだろうか。
「毎朝毎晩ルリの口に入るものであるから、永く使えるようにと願いを込めて作ったのだ。これを使って、また私の作ったものを食べてくれると嬉しい」
頬を染めたまま、ミコト様がそう言って笑った。
きっと凝り性のミコト様のことだから、あれこれと調べ、試作を重ねて作ってくれたのだろう。私にバレないように頑張りつつ作っているミコト様を想像すると、私の心も春の庭のようにポカポカしてくる。
「嬉しいです。ミコト様」
「はワッ?!」
思わず抱きつくと、ミコト様が素っ頓狂な声を上げて硬直した。しばらくしてから、ゆっくりと背中に回る手を感じる。
「このお箸、毎日ずっと使いますね」
「うむ、うむ、私も、この手箱を毎日大事に使おう。ルリよ……ルルルルルリよッ……?!」
「はい」
「そそそそなそそなのそなたの足がっ、そなっ、は、はれんちにっ……?」
膝立ちで抱きついていた私の足を見たらしい。
ミコト様はみるみる茹で蛸に変わっていった。
「ミコト様、来年もクリスマスやりましょうね」
「や、やる……やるからルリよ……ルリよ少し離れてはどうかと」
「ミコト様、お正月も頑張って神様してくれますよね」
「する、するからルリよ、しばし、しばし」
それからしばらく、耳も首も手まで真っ赤になったミコト様がアワアワしているところを、私と、几帳に隠れて出歯亀をしていた4人とでニヤニヤしながら堪能した。




