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新婚さんいってらっしゃい4

「前掛けも作っておくべきだった、が……ルリよ、それもとても……とても似合っている」

「あんまり見ないでください」


 まさかミコト様にプレゼントしたフリッフリのエプロンを自分で着ることになるとは思わなかった。ピンク色でフリル大盛りのそれはミコト様が着るからこそ、顔の良さと体格とのギャップと乙女っぽい表情での似合いっぷりが良かったのに。

 料理をするならとミコト様が親切心で貸してくれたけれど、自分で着用すると恥ずかしい。可愛い服も好きなミコト様は大喜びしていた。


「ルリ、ルリよ、すまほで絵姿を残したいのだが、どうするのであったか? この、ここを触っても、なぜか私が写るのだがどうすれば、ルリよ」

「さー頑張るぞー。ミコト様もお手伝いしてくださいね」


 写メ保存を阻止してミコト様をお米洗う係に誘導しておく。冷蔵庫には運び込んだ材料が沢山あるけれど、手抜き料理なので数種類で十分だった。

 アク抜きしたナスと豚肉を炒めて、はちみつ少しとみりんとだし汁と醤油を入れていく。粉山椒と粉唐辛子も少しずつ入れて煮込むだけだ。もともとお母さんに習った料理で、小学校の時にだし汁は入れずに炒めものレシピとして教えられた。ある日ふと思いついて煮込んでみたら、帰ってきたお母さんが「こっちのほうが美味しい」と言ってくれたのだ。しっかり煮込んで味を濃い目にするとごはんが進むし、夏は炊きたてごはんにタッパーで冷やしたままのやつを合わせても食べやすい。色合いのためにいんげんを入れても美味しかった。

 それに豆腐サラダとミコト様が作ってくれたお味噌汁で完成だ。煮込んだ時間を合わせてもミコト様が料理する手間の数分の一くらいしかかかっていないけれど、出来上がったものを見てミコト様が目を潤ませていた。


「ル、ルリが……私のために、私の……」

「何度も言うけどあんまり期待値上げないでくださいね」

「うれしい……」

「聞いてる?」


 ごくごく普通のメニューを、ミコト様がまたとないごちそうのように眺めている。そんなにうっとりと溜息を吐きながら見ていると、そのうち煮込んだナスが付喪神になるのではないだろうか。

 くたくたになったナスを上品な箸使いで持ち上げてそっと口に運び、ミコト様がぽわっと笑った。


「美味しい。ルリは料理も上手だな」

「よかったです」

「ルリの気が混じっていて、とても幸せだ」


 そう、ナスを切ったり豚肉を炒めている時に、気が付くと自分の光のようなものが混じっていた。丁寧に作るとそれが増えるけれどどうやって取り除くかわからなくて、まあミコト様だしいつも私のご飯にもミコト様の気配があるし食べても大丈夫だろうとそのまま出したのだけれどなんだか思わぬスパイスになっていたようだ。

 ぱくぱくと食べているミコト様を見ていると、私の光がミコト様の中に入ってゆるやかに溶けていく。ミコト様の形作る一欠片になったのが目に見えて何だか嬉しかった。食べるごとにほんのり染まっていくのを見ていると、もっと食べて欲しくなる。


「ミコト様が私にごはんを作ってくれる理由がちょっとわかった気がします」

「そうであろう? これからも私の作ったものをたくさん食べておくれ。そ、それでその、時々はこのように……ルリの作ったものも食べられたら……嬉しい」

「時々じゃなくても作りますよ。代わりばんこに作ったらミコト様も楽じゃないですか?」

「いや、時々でいい。ルリには毎日私の料理を食べて欲しい」


 キリッとした顔で断られた。そこは譲れないらしい。

 人間ではなくなったので、そもそも私は食事をする必要はなくなった。神様は基本的に食べなくても寝なくても生きていくことが出来る。でもミコト様は相変わらず三食きちんと作ってくれるし、夜になると一緒に眠ってくれる。まだ人としての気持ちも強い私を気遣ってくれているのだろうし、その前からもずっと気遣ってくれていたのだろう。

 人の道から外れてよかったことのひとつは、そうやってミコト様がこっそり私のためにやってくれていることに気付くことが多くなったということだ。じっと柔らかい光が私を包んでいる感覚はとても心地が良くて安心するし、ミコト様を私が見ていても嬉しそうだというのが伝わってくる。これはまあ、ミコト様の表情だけでも伝わっていたけれど。


 食事を終えて、ミコト様と並んで洗い物をする。ただ食器を洗っているだけなのにミコト様の嬉しそうな感じが伝わってきていてこっちまで何だか嬉しくなってしまう。ミコト様もそれに気付いて、ふふ、と笑った。


「こうしておると、人の夫婦のようだな」

「そうですね」

「屋敷もよいが、こうして暮らしておると街に家を買うて住むのもよいと思えてくるな。掃除も洗濯もみな二人きりでこなすのだ。朝も起こし合って……ああ、きっと楽しかろう」

「私の前に住んでた家、まだすずめくんか誰かが管理してくれてるんですよね? リフォームとかして住んじゃいますか?」

「りほおむか……! 壁紙などを変えて……寝所も、西洋風の暮らしもよいな」


 インテリア雑誌を眺めるのが好きなミコト様なので、きっとリフォームにも凝りだすだろう。

 もう年を取らなくなってしまったので同じ姿でずっと暮らすことは出来ないだろうけれど、ミコト様と一緒ならあの家で暮らしてもきっと楽しいだろう。綺麗にしてお母さんの仏壇も置いて、ときどきお父さんも招待して。マンションに住んで奥様業をやっている隣町の神様とミコト様も話が弾むだろう。


 お屋敷に来たときには、あの家に帰ることを考えると心臓が冷えるくらい憂鬱だった。だけどあれはお母さんが遺してくれた家で、なのにそんな気持ちをずっと抱いているのも嫌だったのだ。今はもう嫌だという気持ちは持っていないけれど、ミコト様がいればきっとまた大好きな家になる。


「ミコト様は、やっぱり私の神様ですね」

「うむ?」


 いつまで経っても、どう変わっても、きっとこれからもずっと私の大好きな神様。

 手を拭ってそっと顔を近付けると、ミコト様が嬉しそうに笑った。






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