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それからのこと4

 おじいさんがなれない電子機器を使っているような文面でも、ミコト様だと思うとなんだか可愛く思える。


『おひる

 もてきたよ

 せいもんにてまつ』


 カワイイ。

 2限目の講義が終わって確認したスマホにニヤけて、私は急いで荷物をまとめた。


 高校を卒業して、私は結局進学することにした。

 お社の最寄り駅から数駅の大学に通いながら、週に3回アルバイトをしている。課題やなんやらで大変なときもあるけれど、もうすぐお別れになる景色だと思うとそれすら楽しんでおこうという気持ちになるから不思議だ。


 広いキャンパスを速足で歩いて正門のところまで行くと、ちらほらと立ち止まっている人がいる。全員の視線が一点に集中していた。

 キャップを被り、長い髪はゆるく三つ編みにして左に流している。薄い色のシャツに黒っぽいジーンズを合わせて、花壇の縁に座って長い脚を持て余しているミコト様は、そのへんのモデルなんか目じゃない勢いで目立っていた。そのまま雑誌の表紙を飾れそうな美しく怜悧な横顔が、私を見つけるなりパッと表情を明るくさせる。


「ルリ!」


 まぶしーい。

 バスケットを揺らさないようにしながらも、しっぽがあればブンブン振ってそうな顔でミコト様がやってきた。にこにこしながら私の鞄も自分の肩に掛ける。


「学業、ご苦労だったな。疲れてはいないか? 何かあったらすぐに言うのだぞ」

「まだ午前中終わっただけですよ」

「出来たてを持ってきた。まだ温かいから早く食べよう」


 ではな、衛士よ。しかと大学を守るのだぞ。

 すっかり顔なじみになった警備員さんに軽く手を上げてミコト様が歩き出した。ミコト様は神様なので当然っちゃ当然だけれど基本的に態度が大きい。だけど何だか雰囲気が合っているというのもあるのか、警備員のおじさんもにこやかに手を振っていた。ついでに知らない人も何人か手を振っている。


「変わったことはないか? 変な輩に目を付けられてはおらぬであろうな?」

「別に何もないですって」


 平日は毎日お弁当を作ってくれるミコト様だけれど、大学に入学してからちょくちょくこうして偵察に来るようになった。ナンパとかされやしないかと余計な心配をしているようだけれど、こうしてミコト様が来る日のお弁当が出来たてのパン付きで豪華になるので特に文句はなかった。「手間がかかって朝に間に合わぬから持っていく」という表向きの理由に相応しいクオリティのお弁当デリバリーなのである。

 人気の少ない場所のベンチに座って熱々のお手拭きで私の手をさっぱりさせると、ミコト様がにこにことバスケットを広げる。


「わーいふわふわパンだ、嬉しい」

「温野菜のさらだもルリの好きなタレを掛けてあるぞ」


 耐熱性のガラスに入ったシェパーズパイは、上のマッシュポテトをわざわざ絞り袋で絞っているので焼き目が綺麗に波状に付いていた。温野菜は色んな種類の野菜が小さくカットされて入っていて彩りも美しい。

 焼き立てパンは基本的に綿菓子のようにスルッと入るものだけれど、ミコト様の作るふわふわパンは特に危険だった。中はしっとりしているのに軽く、渋皮を取ったクルミが細かく刻まれて入っていて食感も楽しい。


「おいしーい」

「今日はめえぷるで甘味を付けたが、気に入ったようだな」

「幸せ……永遠に食べられるこのパン」

「これこれ、でざあともあるぞ」


 ミコト様はもはやライフワークと定めたらしい料理の中でも最近はパン作りにハマっていて、毎日色んな種類の美味しいパンが食べられて幸せだった。よもぎパンはお屋敷で摘んだよもぎの香りがすごく良かったし、デニッシュやクロワッサンもサクサクしてて最高なのである。イースト菌に話しかけながら作っているのは面白いけれど、あれが美味しさの秘訣だったりするのかもしれない。


「やだーまた彼氏引っ張り込んでるー!」

「遅刻しちゃ駄目だよー? 出席カード出してあげないからねー?」


 何か変なのが通りかかった。


「ミコト様、顔、顔怖い」

「あれはルリの学友なのか?」

「顔、顔。ほら、あーんして。あとただの顔見知りです」


 シェパーズパイをスプーンであーんするとミコト様が嬉しそうに食べたけれど、それでも不満そうに女子2人組を目で追っていた。

 一年目の前期に履修したある授業は、先生が入室と共に出席カードを配り、授業の終わりに提出して出席率によって評価が決まるというものだった。テストがない授業なので、カードだけ貰ってあとは誰かに提出を任せて帰るという人もいたのだけれど、その手伝いを断ったらやたらと敵視されるようになったのである。同じ学科ではないので特に害はないけれど、一年近く前の恨みを持ち続けているポテンシャルがすごいなあと思う。生意気に断った私がイケメンを連れているのが気に入らないというのもあるらしいけれど、そのミコト様の前でそういうことをする度胸もなかなか。


 最近百田くんに教えてもらって知ったのだけれど、私に敵意を向けるというのは力の強い人でないと出来ないことなのだそうだ。ミコト様の守護がしっかり付いているので、普通の人は無意識に私と争うのを避けるらしい。また百田くんみたいに霊感の強さを自覚している人も絶対に争おうとしないので、あの人達はそこそこ力があるけれどそれに無自覚なのだろう。そういう人は良くない行動をしていると変なのに目を付けられやすいらしいので気を付けて欲しいけれど、私が言っても信じなさそうなところが残念だ。


「前もルリに何やら話しておったな。ルリよ、困っておるのではないか?」

「困ってないです」


 ミコト様が妙に優しい声で心配してくるので、しっかり否定しておいた。こういう反応は放っておくと結構面倒なことになるやつなのだ。


「ほんとに困ってないんですよ。ホラ」


 歩いていく2人を指すと、ちょうどその頭上を2羽のカラスがすいーっと飛んでフンを落とす。頭から被った2人が大騒ぎしていた。


「前は小さいイノシシにお尻を突き上げられて転んでました」

「ルリは慕われておるから……」


 いくらキャンパス内は緑が多いとは言え、街中でイノシシが出るのはおかしい。なのであんまり仕返しとかはしないようにといい含めているのだけれど、プギーとしか返事されないので説得が効いているのかどうかわからないのだ。

 お山の生き物系はまだいいけれどこれが妖怪相手だと割と危険だし、ミコト様に目を付けられるとガチで人生変わってしまうので、そろそろ因果関係に気付いて当てこすりしてくるのをやめてほしいところである。彼女達のためにも。


「やはり外は心配事が多過ぎる」


 ミコト様が溜息を吐いて、そそっと私にくっついた。私の手からスプーンを抜いて、今度は私にあーんをして食べさせ始める。


「あるばいとで遅うなることも多いし、ルリを目で追う輩も……朝夕の電車も危ないと言うておるのに、獅子を使うのを嫌がるし……」


 ミコト様は私の世話をしたがる。世話をするということで、独占欲を発散させているようだった。なので文句があるときは大人しく世話されておくのが一番平和である。ミコト様の気持ちが安定するのであれば、人気のない屋外であーんされることくらい平気だった。じわじわと私が使う洋服や小物などもミコト様のお手製が増えているけれど、そのくらいで済むならお安いものである。


「早う籍を入れて式を挙げ、その身を誰にも触れさせずに暮らしたい」

「もうすぐですよ」

「あと2年もあるではないか」


 大学卒業と共にお役所に婚姻届を出す予定になっているけれど、長年生きてきたはずのミコト様にとって物凄く長く感じているらしかった。もっと早くてもよいのではないかと事あるごとに言っているのでそのうち日時が早まりそうな感じもしなくもない。


「早くなったら式の準備も大変ですよ。まだドレスどういうのにするか決まってないじゃないですか」

「それは……ルリがどれを着ても可愛らしいし……ブーケもあれこれ考えると……」

「準備してたらあっという間ですよ。一生の思い出になるんですから、じっくり待つのも楽しいじゃないですか」

「うむ……まあ」

「こうやってミコト様が大学まで来てご飯食べるの、結構好きです。デートみたいで」

「でえと……そ、そうだな。いつでも来ようぞ。私はここではルリの恋人であり、ふぃ、ふぃなんしぇーなのだから!」

「美味しそうな関係ですね」


 ミコト様がきょとんと首を傾げていた。まだまだ外来語には弱いところもミコト様の可愛いところである。


 この世には、人ならざるものも結構いる。人の枠から外れても暮らせることには暮らせるだろうけれど、私はミコト様とお屋敷で暮らそうと決めたのだ。それからミコト様と思う存分イチャついて暮らしていく。もし飽きたらまた人間みたいな暮らしをするかもしれないけれど、そのときはミコト様も一緒に暮らしたい。

 まだ私は人間だからこそ変わった人や意地悪してくる人にも会えているのだと思うと、日々短くなっていく残りの暮らしの楽しみのようになっている。それもミコト様がいたからこそ出来ている体験で、もうこの先にない出来事なのだ。


「困ったことがあったらちゃんと言いますから大丈夫ですよ。ミコト様は私の旦那様であり、私の神様でしょ?」

「……そうだな」


 ミコト様が困ったように笑う。ミコト様はいつも最後には折れてくれるところも優しくて好きだ。


「さ、デザートも食べましょう。またあーんしましょうか?」

「……し、してほしい」


 ミコト様が顔を赤くして嬉しそうに頷いた。

 高校の時から考えてもう3年くらい夫婦をしているはずなのだけれど、もはや全然新婚生活に飽きない。あと百年くらいイチャイチャ出来そうな気持ちなので、神様のお嫁さんになるのも結構メリットあるなと思った。


「ときにルリよ、あの2人に流行病を贈るくらいならよいか?」

「よくないです」






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