結婚の3段活用3
「お、お父さん、いらっしゃーい」
「……」
日に日にウキウキするミコト様とは正比例するようにお父さんは会う度に不機嫌になっていき、結婚式の前日はものすごくぶすくれた顔でお屋敷の門を叩いていた。
「父上殿、ようおいでなされた。ささ中で暖まるとよい」
「私はルリちゃん以外にお父さんと呼ばれる覚えはありませんッ!」
「お父さん……」
お父さんはまだ早い、許したとは言ってない、大体なんでルリちゃんが、とぶつぶつ文句を言いながらも、門をくぐってミコト様について歩いている。明日の式で私の付き添いをしてもらうために招待したのだけれど、父親の心境は複雑なようだ。
「許してないって……私の幸せを願ってるとか言ったくせに」
「願ってるけど! 父親には娘を守るという使命があるから!」
「なにそれ」
ちなみに、大きな天狗&カラスのコンビは後日のお披露目の日に来てくれる予定である。他に親戚と連絡もとっていないし、仮に呼べるような親戚がいたとしても人は招待出来ないので私側の参列者はお父さんのみ。お屋敷で挙げる式なのですずめくん達や紅梅さん達も進行を手伝ってくれるけれど、格の高い式なのでお屋敷で働いている人の多くは顔を出さずに控えていてもらうことになるのだそうだ。式が終わったら振る舞いのごちそうが出るようになっている。
お披露目は色んな人でないヒトがたくさん来るらしいけれど、式は立会人として隣町の神様が明日やってきてくれたらそれで招待客はおわりの、本当にこじんまりとしたものである。やたらと衣装とか料理とかに凝ってはいるけれど。
「ルリちゃん、今からでも考え直していいんだよ。この先不安になってきたとか、実際暮らしてみたら相手が意外と家事しないとか、モラハラDVの予感がするとか大丈夫?」
「全然大丈夫だから縁起でもないこと言わないでよ。大体家事とかミコト様のほうが得意だし」
「家事だったらお父さんも出来るよ! 家事できる男は世の中に意外といっぱいいるんだよ!」
「ミコト様はただ家事できる男なだけじゃないから。料理もすっごく美味しいしお菓子もお店開けるくらい上手だし、このシュシュも作ってくれたもん。見てほら、この刺繍可愛いでしょ!」
「くっ……ルリちゃんがお父さんより男を庇うだなんて……」
「ル、ルリよ、もうそのへんで、そろそろ夕餉の時間であろうか。今支度をしてるゆえ」
ミコト様が照れながらもお父さんがいるからか顔を引き締めつつ、私とお父さんを促した。
お父さんが私を心配してくれているのはよくわかっているけれど、私とミコト様で色々考えて決めたことなのにあれこれと水を差すようなことを言われるとちょっとがっかりする。
せっかくミコト様が式前夜は親子でゆっくりと言ってくれたのに、その日の夕食もなんだか和気藹々とは言えない雰囲気で終わってしまった。
「……眠れない……」
モヤモヤした気持ちのせいか、それとも明日が結婚式ということで緊張しているのか、早めに床に就いたのに頭が冴えたままだった。時間を確認すると、もう12時を過ぎている。しばらく寝返りを打って眠気を待ってみたものの全然来ないので、溜息を吐いて身を起こした。
外の季節は冬だけれど、私の部屋は夏の庭に面しているので半袖でも寒くはない。薄手のカーディガンを羽織ってそっと廊下を歩いた。ミコト様の気遣いでお父さんは隣の部屋に泊まっているけれど、物音がしないのでもう眠っているのかもしれない。足音を立てないように通り過ぎて、主屋の正面にある階を降りてつっかけを履く。煌々と明るい月が満開の梅を照らしていて綺麗だった。
「ルリよ、こんな時間にどうかしたか?」
「あ、ミコト様」
眩しいくらいの月を見上げていると、いつの間にかミコト様がすぐ近くに立っていた。パジャマに同じくカーディガンを着ている。寝るときは着物よりパジャマのほうが軽くて格段に寝心地が良いらしかった。
「どこかへ行くつもりであったのか?」
「何か眠れないんで、狛ちゃん達を撫でようかと」
手触りは石だけれど、ふさふさのしっぽを揺らして歓迎してくれる狛ちゃんと獅子ちゃんは眺めているだけで癒やしである。風邪引かないように寝ろと言われるかと思ったけれど、ミコト様も一緒に行くと言って私の手を握った。
「お父さんが失礼な態度でごめんなさい」
「構わぬ。娘がこんな男のところへ嫁に行くとなれば誰でもああなろう」
ミコト様は長い間傷で悩んでいたせいか、自分のことを過小評価している部分があると思う。あんまり自信過剰なミコト様も想像できないので性格が控えめなのかもしれないけれど、反対されて当然の男だという気持ちを持たれるとちょっと寂しい。
「もしどんなに反対されたとしても、私はミコト様と結婚したいと思ってますよ」
「そうルリが思うてくれているならこれ以上はない。私も、どう言われようがルリと共にありたい」
フフフと笑い合って、ミコト様にぎゅっと抱きつく。パジャマの分いつもよりもミコト様の感触が伝わってくるけれど、ミコト様は体格も結構いいのだ。家事もするし物凄く優しいし、神様であること以外はお父さんが心配する要素は一ミリもないように感じる。
このままミコト様に狐耳を出してもらってモフモフすべきかと考えていると、ミコト様がふと背中を撫でる手を止めた。
「これはこれは。ルリ、客人が来たようだぞ」
「え、こんな時間に?」
顔を上げると、門の方を見ていたミコト様が私に微笑みかける。
夜中という非常識な時間で、招待している人もいない。なのにミコト様が嫌がらない客というのは誰なんだろう。私の手を握ったまま門まで歩いていくところからして、危ない相手ではないのだろうけど。
お屋敷と外を隔てる大きな門まで歩くと、ミコト様が軽く手を上げた。するとひとりでに門が開いて、門のすぐ外で狛ちゃんと獅子ちゃんがぐるぐると回っているのが見えた。しっぽを振りながら踊るように回っているけれど、何の儀式なのだろうか。
「ああ、見えぬか。ルリよ、少し目を瞑るがよい」
「目?」
そっと手で頬を包んだミコト様が、まぶたの両方にそっと唇を落とした。もうよいと言われて目を開け、再び狛ちゃんたちの方を見る。
すると回っている狛ちゃん達の中心にうっすらと光って透けている人影が見えた。すっと背筋のいい細身で小柄な姿をワンピースで包んでいて、その胸元には見覚えのあるブローチが飾られている。髪はスッキリ一つにまとめていて細い首が見えていた。にっと笑った頬に、信じられないような気持ちになる。
「おかあさん!!」
私が叫ぶと、お母さんは両手を広げて私を受け止めてくれた。




