結婚の3段活用2
猪毛のブラシで丁寧に髪を梳いていく。まず毛先の方を梳いて、その後に根本からゆっくりと流し終わると、つげ櫛で左右均等になるよう髪をより分け、それから束をとって丁寧に編み込んでいく。途中で細いサテンのリボンを編み込んで、毛先が不格好にならないよう気を付けながらピンで止める。
ミコト様が。
「出来た……ルリは日に日に美しゅうなって、私はますますそなたへの想いを募らせてしまう」
「ありがとうございます」
編み込み終えた私の髪をあちこちの角度から確かめて、ミコト様はほーっと息を吐いた。
実際には日に日に花開くように美しく輝いていっているのはミコト様の方であることは間違いない。澄んだ黒い目はキラキラと輝き、頬はバラ色に染まって、うっとりと物思いに耽っては悩ましげに溜息を吐く。この人が多分白雪姫のモデルなのだろう。神様相手なら魔女が敵わないのもわかる。
「細かく編むと本当に可愛らしいな。りぼんは、左右の色を変えても良かったかもしれぬ。今の時期の襲の色目で……」
「今日は日曜だからいいですけど、平日はあんまり凝った髪型だと体育の時に崩れちゃいますよ」
「構わぬ、これは練習なのだから。垂髪や日本髪もよいが、こうして華やかに結い上げるルリの愛らしさよ……一首浮かんでしまった。これめじろ」
「はい主様」
相変わらず感情の発露が平安系であるミコト様は、心得ているめじろくんが差し出した何か細長い紙にサラサラと歌を詠んでいる。書いているところを見ても全く読めないけれど、そばで控えているめじろくんが一瞥してチベットスナギツネみたいな顔になったのでまた甘々なことを書いているようだ。
先日すずめくんに貰った結婚式の予定表によると、もうすぐ行われる式は私達が夫婦であると知らしめるためのものである。式をあげることによって夫婦の縁が生まれ、何だかよくわからないけれど神様から見ると私がミコト様の嫁になったとわかるようになっているそうだ。ついでに他の人との恋愛系の縁もなくなるらしいので、ミコト様は早めにと言っていたのかもしれない。役所のいらない入籍のようなものである。
まず身内だけで式を挙げ、それから数日後にお披露目がある。このお披露目は神様やこの近くのアヤカシを呼ぶものなので、人間の招待客は呼べないものらしい。
更に「未定、数年のうちに」と書かれていた欄には、私が神籍に入るための儀式、そして街のお役所で籍を入れてから行う結婚披露宴――友達や先生を呼べる一般的なものも書かれていた。私がヒトの枠から出るための式は基本的には大げさな準備は必要ないようだけれど、披露宴などは式場選びから招待状の準備まで逆算した日数も書かれている。すずめくんの情報収集能力がすごい。
今回の結婚式でも披露宴があるならわざわざ街で同じようなことを繰り返さなくてもいいのではと思ったけれど、ミコト様の結婚式ドリームが一度の式では終わらないほど膨らんでいるらしいので敢行が決まっている。もし一度でやるならお色直しは最低4回と言われたら頷かざるを得なかった。今どき芸能人でもそんなことしないんじゃないだろうか。
「此度の式は和装だけと決めたとは言え、悩ましい……純白の綿帽子は外せぬが、ルリは華やかな色も似合う」
「十二単衣はイヤですよ。重いのはイヤですからね」
「くっ……」
15キロの重しを付けてトレーニングするつもりはないので念を押すと、ミコト様がものすごく残念そうな顔になっていた。ミコト様はいつも平安装束を着ているので絹の重さには慣れているかもしれないけれど、私は御免こうむりたい。
「私が軽うしても嫌か?」
「えぇ……かさばるし……足見えなくて転びそうだし。白無垢とあの紅い着物だけでいいじゃないですか。あれ可愛いし好きです」
「可愛いが! あれも可愛いのだが!」
「ミコト様も洋服で暮らしてみたらわかりますって。ねっ、洋服だと街デートもすぐ行けますよ」
「でえとはよいな……ルリの髪飾りを作るのに、いくつか参考に買いたいし……」
料理スキルをほぼほぼカンストさせたミコト様が今熱中しているのは私の髪型についての研究である。既にシュシュやつまみ細工には手を出していて、さらにパールやレースを使ったカチューシャや結婚式用のティアラも視野に入れているそうだ。私もガラスビジューのアクセサリーなどは好きなので、最近は雑誌を見ながらミコト様と2人でチマチマやっている。
「凝り性だし、ミコト様は基本的にカワイイものが好きですよね」
「う、うむ……男らしゅうないかも知れぬが、小さくて愛らしいものはよいと思う」
「いいんじゃないですか? 料理も美味しいし、器用だしセンスあるし。オトメンってやつですよね」
「私は、ルリがそうやってありのまま私を受け入れてくれるところがとても好きだ」
ふふっと笑ったミコト様がそっと私の頬に触れて距離を詰める。
付き合ってられないとばかりに小鳥の姿になっためじろくんがツピピピと文句を言いながら飛び立っていった。




