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味噌汁・般若・マリッジブルー3

「ルリちゃん。お父さんは今も昔もこれからもルリちゃんが幸せでいて欲しいと思ってるからね。何かあったらすぐに迎えに来るからね。これを大事に持っておくんだよ」


 そういってお父さんが手渡したのは天狗のお面である。お父さんは修行のかいあって、お面なしに昇格したらしかった。お面なしって、昇格なのか。よくわからない。


「えぇ……いや、いらない……」

「ちょっと若い子向けのデザインじゃないかもしれないけど! お父さんの修行中の力が込められてるから!」

「箱に入れてていい?」

「いいけど……いいけど部屋に置いといてね……! お父さんセコムだからね!」


 いかつい天狗の顔を模したお面が緊急時にどんなことをするのかは若干興味があるけれど、せっかくすずめくんが可愛い調度品で揃えてくれている部屋と合わない。

 必死に念を押してくるお父さんは、今巨大な腕に抱えられていた。大天狗が帰りの遅いお父さんを迎えに来たらしい。お屋敷の庭中にすごい勢いで咲いている花も少しお土産に持っていってもらうことにしたので、お父さんは花束の中の一輪のような扱いにされていた。


「お父さんはいつでも駆け付けるからー! 結婚なんか一生しなくても幸せならそれでいいんだからねー!」

「はーいまたねー。天狗さんもカラスちゃんもさようならー」


 巨大な下駄が庭石を踏みしめてぐんぐんお父さんは遠くなり、カラスもくわくわと追いかけて飛んでいく。お面は鼻が長い分ちょうどいい箱があるかわからないので、とりあえずお盆の上に置いておくことにした。


「ルリよ」

「何ですか、ミコト様」


 縁側の方で立っていた私を、座ったままのミコト様が呼んだ。じっとこっちを見つめているので私も座り直すと、お屋敷の中を散歩していた鞠が戻ってきて天狗のお面にそっと接触している。仲良くなるのか新人研修なのかよくわからないけれど楽しそうなのでそっとしておくと、ミコト様がすすっと寄ってきて私の手を握った。


「そなたが心配していることはよくわかる。隠さずに言うが、私はもちろんルリに私と同じ時を生きて欲しいと思うておる。ここで永の時を得てずっと共にありたいし、私にはその力もある」


 神様として、ミコト様は人をその枠から取り出してしまうことも出来るのだ。まだ四半世紀すら生きてもいない私には、永遠という時間がどういうものかわからない。わからないから怖いのかもしれない。

 思い浮かべることも出来ない自分の姿について考えていると、ミコト様がぎゅっと手に力を込めてきた。その力に呼ばれて私はまた顔を上げる。


「だが、ルリの意に反してまでそうしようとは思わない。父君も言っておったが、ルリが幸せでないと意味がないのは私とて同じなのだ。もし恐ろしいというのであれば、ルリが人の生を終えるのを私が看取ってもよい」

「え」


 ミコト様は年齢的には物凄く長生きしているけれど、見た目としては若々しく、25歳くらいの見た目をしている。

 今は私から見ると年上に見えるけれど、このまま私が年をとって同い年ぐらいになり、さらに追い越して年上になり、やがておばあちゃんになって死に際を看取られて成仏する。若々しいままのミコト様を残して。

 しわしわの手を握って物凄く泣いているミコト様が目に浮かんだ。


「なんかやだー!!」

「あ、いや、例えばの話で」

「私だけおばあちゃんとか! ミコト様はイヤじゃないですか! ていうか私が死んでもいいんですか!」

「おおお落ち着けルリよ、何も私はそなたが死ぬのまで見逃すつもりはない!」


 握られていた手を抜け出してペチペチ叩くと、ミコト様はオロオロしながらもされるがままになっていた。白くて綺麗な手が赤くなると嫌なので攻撃をやめると、「痛くはなかったか」とか訊いてくる始末である。お茶を注いでくれたので一気飲みすると、ようやく私も落ち着けた。


「その、人の生を終えたのちに、魂だけ掬い取ってここに留め置こうかと」

「そんなこと出来るんですか」

「出来る。ただし肉体は朽ちてしまうので、しばらくはきちんと人の身を取れぬかも知れぬ。もし不安定なら、何か生き物か質の良い調度の中でいくらか気を落ち着けさせることになるやも知れぬし」

「生き物……」


 死んで幽霊になった私を、ミコト様がほいっと手で捕まえて錦鯉に入れるところが頭に浮かんだ。黒い鯉が先輩ヅラして教えてくる発声練習を、毎朝ミコト様が餌を撒きながら見守ってくれる……

 もしくは、スズメの姿になってうねうね動く幼虫を……


「それもやだ……」

「例であるから、そうせよとは言うておらぬぞ、こういうことも出来るというだけで。何かに入れるのが嫌であれば、私が抱えておけばよいし」


 丸い玉のようなものを抱えながら楽しく料理をしたり、玉に話しかけたり、照れながら玉と一緒の布団に入ったりするミコト様。

 シュールレアリズムの概念が今私の頭で理解されようとしている。


「とにかく、今すぐ決める必要はない。私はそばにいられればどんな形でもよいし、ルリが怖いのであれば人のままでも結婚は出来る。だからそう不安そうな顔をせずともよいのだ」

「ミコト様……」

「ただ私はルリと夫婦になり、そばにいられたらこれ以上のことはない。その他のことは何でもよい。わ、わ、私は、ルリをす、好いておるのだから……」


 恥ずかしそうに頬を染めながらも、ミコト様は私に好意を伝えることを躊躇わなくなった。私もミコト様のこと好きですよと返すと、ますます嬉しそうににこーっと笑う。

 確かに、この顔をずっと見ていられるなら、他のことは後回しでもいいのかもしれない。


「まだ人間として暮らしたいので、そういうことはもうちょっと待ってほしいと思ってます。でも私もミコト様とずっと一緒にいたいと思ってるので、それが叶うのは嬉しいです」

「そ、そ、それでは」


 ぎゅっと手を握り返して言うと、ミコト様はハッとした風に膝立ちになり、それから上品に足を捌いて片膝を付く姿勢になった。それから、私の片手をうやうやしく取って、騎士のようにそっと手の甲に口付けた。


「で、で、では……ルリよ、私と結婚してください。今すぐ」

「今すぐっていうか、まあ、近いうちに。よろしくお願いします」

「ル、ルリ……!!」


 感極まったミコト様のせいで、せっかくおすそ分けした花の分まで回復して庭が満開になった。ついでに庭の枝に止まってこちらを見ていたらしいすずめくんとめじろくんが降りてきてまた走り回っている。

 何ていうかデジャヴ。


「ていうか、このプロポーズ的なやつどこで覚えてきたんですか?」

「現代の作法なのだろう? 多くの漫画に載っていたからな。ルリの時代に合わせてみたのだ」

「ミコト様、少し少女漫画控えましょうか」


 天狗の仮面がくわっとすごい顔をして一部始終を見ていたのに気付いたのは、しばらくあとになってからのことである。






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