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味噌汁・般若・マリッジブルー2

「なんでよりにもよって神様なんかにひっかかっちゃったかなぁ……」


 深々と、深々と溜息を吐いたのはお父さんである。

 天狗のお見習いさんとしてミコト様にお礼参りに来ていたお父さんを呼び止めて私の部屋に案内すると、まだ何も言わないうちにこの世の憂鬱をすべて背負ったような顔でそう呟かれた。若々しい顔が苦労で陰って見える。


「いつだってお父さんはルリちゃんの幸せを願ってあげたいけどね、これは応援していいものか本当にわかんないよ」

「お父さん、私がミコト様と結婚するの、そんなに反対なの?」

「人の枠から外れるっていうのはね、簡単なことじゃないんだよ。寿命もない、肉体も変わる、今まで知らなかった世界で暮らしていかなくてはいけなくなる。人の世に混ざればそれだけ疎外感を感じるし、かといって元人間だという目でずっと見られる。それが終わりなく続くんだよ」


 そんな気持ちを娘に味わわせたい親なんていないよ、とお父さんがお茶を啜った。

 お父さんは私がうんと小さい頃に亡くなったとお母さんに教えられてきた。でもそれは普通に死んじゃったんじゃなくて、現世を断ち切って天狗になるために修行をしていたのだ。お父さんは病院で亡くなった年のまま変わることなく、ずっと天狗になるための修行を積んできた。自分がそうやって体験したことだからこそ、どれだけ大変だったのか、覚悟がいるのかをわかっているからこそ私を止めるのだろう。


「お父さんは、なんで天狗になろうと思ったの? 怖くなかったの?」

「そりゃあ怖かったよ。でもお父さんはどのみちあのままだと死んじゃってたし。フユちゃんとルリちゃんを守れるようになりたかったから」


 お父さんは、生きているときから生活に支障が出るほど霊感のようなものが強かったらしい。人間としての器にヒビが入るほど力があったし、それを狙うようなアヤカシや悪霊も絶えなかったのだとか。普通の父親のように家庭を守ることが出来ないまま死ぬより、人の枠を外れても家族を守りたいとお願いして天狗になる誓いを立てた。


「私もお母さんも幽霊とか見えないし、お父さんがそうやって見守ってくれてるって全然知らなかった。守ってるのに、気付かれなくて、その、お母さんも……男の人と付き合ったし……イヤじゃなかったの? なんでそこまでしてくれたの?」


 私もお母さんは大好きだったし、病気が治るなら何でもしたいと思った。だけど、相手にまったく気付かれない状態で、大変な修業をずっと続けられるかどうかはわからない。私は色々あってお父さんに会うことが出来たけど、お母さんは本当に知らないまま死んでしまった。もし私がこのまま人間として生きていったとしたら、あと数十年で死んでしまって、それでもお父さんは天狗としてずっと生きていかないといけないのだ。私達を見守っていた時間なんか一瞬に思えるような時間を。


「別にお父さんはルリちゃん達のために犠牲になったとは思ってないよ。少しでもフユちゃんとルリちゃんを見ていたかったし……フユちゃんの最期に会えなかったのは寂しいけど、でもこうして修行していたからこそここに請願してルリちゃんを救うことが出来たしね」

「え? お父さんがミコト様にお願いしたのって、私のことなの?」

「そうだよ。お父さんまだまだ力不足だったから、ミコト様にお守り下さいって頼んだの。ヒッキーだったからもう何日も何日もしつこくお願いしまくってやっと請け負ってくれたんだけど、完全に頼む相手間違えたよね……」

「全然知らなかった」


 お父さんが何かをミコト様にお願いして、そのお礼参りでお屋敷に通っているのは知っていたけれど、それが私のことだったとは。


「ルリちゃん、お父さんにちょっと似て人とは少し変わった力があるからね。なんか寄せ付けやすいし」

「えっそれも知らないんだけど」

「そういう自覚ないとこも危なっかしくてさ、フユちゃんおばけとか信じないし強い人だし、ルリちゃんのことも守ってくれてたけど何か出来ないかと思って」


 まさか私も百田くんのように何か不可思議な力を持っていたとは。心霊写真とかも全然わからないしオバケとかも見たことなかったから全然気付いていなかった。

 お父さんによると、自覚がない方が備えられなくて危険なこともあるらしい。確かにオバケが見えていれば避けられるかもしれないけれど、見えないままなら正面から突っ込んでいっても気付かないだろう。


「ルリよ、ひとつ言うておくが、頼まれたからだけではないぞ」

「うわ、ミコト様」


 ナチュラルに私の隣に座ったミコト様が、すっとお茶を差し出しながら喋った。今日のお菓子はタルトである。カスタード生地にフルーツが可愛くあしらわれているミニタルトは目にも楽しい。


「最初、私は印を付けて厄除けをしていただけであった。縁を結んだせいかルリがよく社に来るようになって、掃除やら賽銭やら細々としておるので気になって……気になって気になって……心配で覗いていたら困っておるので呼んだのだ」

「へぇ」


 私が街のすみっこにあるあのおんぼろなお社を見つけたのは、確か中学の終わり頃だったと思う。最初は覗いただけだったけれど、お母さんがいなくなってからは逃げ場所を求めて頻繁にやってきていた。あの状況をなんとかしたくて隠れているのをバレたくなくて神頼みをしまくっていたし、薄暗くて落ち葉も凄いので落ちていた箒で軽く掃除もしたことがあるけれど、それも見られていたとは何だか不思議な感じがする。


「頼んどいてなんですけどまさかこんなとこまで引っ張り込むとは思わないじゃないですか!! 上手いことこう……行政動かすとか百田さんとこに頼むとか何かあったでしょう!!」

「モモダに頼むなどならぬ!! 決してならぬ!」

「だからって何人の娘たぶらかしてんですか! 百年単位の引きこもりはどうした!」


 ぎゃんぎゃんと口論しながらも、お父さんはミコト様お手製のタルトをムシャムシャと食べていた。ミコト様も昨夜お父さんが来るから甘い物を作っておくと言っていたし、本質的には気の合う2人だけども。

 しばらく2人で言い合いしていたので、私はゆっくりとおやつを楽しむことが出来た。






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