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味噌汁・般若・マリッジブルー1

 最近、ミコト様のしじみ化離れが深刻になってきている。


「ルリよ……、結婚しようではないか。すぐにでも」

「すぐはちょっと……」


 テスト前なために部屋で勉強していると、頃合いを見計らってお茶を持ってきたついでにプロポーズとかしてくる。紅梅さん達が御簾をあげたりすずめくん達が綺麗な牡丹の鉢を庭に運び入れたりしているので、前兆でもうミコト様が来るなというのがわかるレベルである。適当な部屋着にヘアバンドで前髪を上げた最高に気を抜いたスタイルだというのに、ミコト様は毎回キラキライケメン顔で決めてくるのも結構ダメージがあった。

 私を頷かせ、お互いに望んで結婚! という憧れを捨てることのないミコト様が、先日の一件により堂々とプロポーズすることを覚えてしまったのであった。


「これから毎朝味噌汁を作るぞ」

「朝は洋食の気分もあるし、今でも毎日ごはん作ってくれてるじゃないですか」

「ルリのためになら何でもする……」

「それも今とあまり変わりないのでは」

「な、なれば、これはどうだ?!」


 ミコト様がさっと姿勢を直して、「ふぬぅ……!」と座ったまま気張り始めた。力の入っている鼻あたりが赤くなってきた頃に、頭からぴょこっと黄色い耳が生える。ぱっと嬉しそうな顔になったミコト様が、どうだと言わんばかりに背中の大きなしっぽを振っていた。


「も、モフモフ」

「自在に出せるようにしてみたのだ。まだやや時間が掛かるが……ルリよ、私のつ、妻になってくれたら、これをいつでも、好きなだけ、触り放題なのだぞ」

「なんという卑怯な手を……」

「私はルリのためには手段を選ばぬことにしたのだ。ほれほれ、これが好きであろう?」


 なめらかでふわふわな心地を求めてわきわきする私の手を取って頭に誘導しながら、ミコト様が結婚を促してくる。膝立ちになってにじり寄った私を腕の中に捕まえて、ミコト様がニコニコとアピールを続けてきた。


「私はうんとよき夫になるぞ。ルリの好む料理も菓子も把握しておるし、金子きんすには困らせぬし、何よりとこしえにそなたを愛おしむつもりだ。結婚の秘訣という、毎日の抱擁と接吻も必ずや欠かさぬと誓おう」

「どこで知ったんですかその秘訣」

「愛情を表現することがコツなのであろう? 日曜の朝にはふれんちとうすとと、かへおれを褥に持ち込もうではないか」


 一度、ミコト様の本棚をチェックしなければいけないような気がする。ヘタに俗世間の情報だけを仕入れていると、夢見がちなミコト様はますます変な方向へ成長してしまう。

 ツッコミを入れつつも、嬉しそうな顔でいちいち「そなたを好いておるぞ」とか「今日もますます愛している」とか言われまくっているとやっぱり嬉しいし、何だか流されそうになってしまうのだ。


 だけど何だかくやしい。

 ピコピコと耳を揺らしてプロポーズを続けるミコト様が私の微妙な照れ具合を感知して楽しそうなのも何だか負けた気がするのだ。

 名残惜しい手触りの狐耳から手を離して、美しい造形の頬をガッと両側から挟み込む。そのままちゅっと唇を合わせると、ミコト様がみるみる真っ赤になって活動停止した。


「あ……な……な……」


 鯉のように口をパクパクさせて、それからさっと顔を隠して退却。

 よし。これでこそミコト様だ。




 実際問題、もう私の花嫁衣装らしき白い着物が出来上がりつつあるし、すずめくんとめじろくんはお披露目のために暦と私の学校行事を照らし合わせた吉日選びに忙しい。


「さっさと三日夜のお餅を召し上がったらいいんですよ。何も変わりませんよ」

「ミカヨって何?」


 すずめくんが教えてくれたところによると、昔は夜に三日男の人が通うと結婚成立だったらしい。それって平安とかそれくらいじゃないだろうか。そして最近ミコト様がやたら夜に部屋に行ってもいいかと聞いてくる理由にも納得がいった。朝早く起きてテスト対策しているせいで眠いので断っていたけれど、もし3日連続でオッケーしていたらなし崩しに結婚成立していたのではないだろうか。私の意思を大事にする気が本当にあるのだろうか。


「主様、ルリさまがご存じだと思っていたのではないですか?」

「あ、その説があったか」

「実際こんだけ文を送りまくってるのに拒否されなくて、顔も随分合わせてますし、昔基準でいうともう夫婦みたいなものですけどねえ」


 最近は人間も随分ふらんくになったものですとしみじみするすずめくんは、実際いくつなのだろうか。


「ルリさまもお嫁にいらっしゃるのは嫌ではないのでしょう? 何をためらわれているのです?」

「まず現代社会だと結婚する年齢としてはすごく早いから、なんかいきなり過ぎる感じがするのと、あと……結婚したら、私、どうなっちゃうのかなって思うところもある」


 このお屋敷は、外の街とは時間の流れが違う。人間としての暮らしで絶対的なものである時間を曲げられる力を持つのが神様なのだ。ずっとここで暮らすようになれば当然、私という人間が体感する時間も変わってくるわけで、まるで宇宙を放浪したように年を取るのがゆっくりになるのではないだろうか。または、私も人の枠から飛び出てしまうのかもしれない。

 少し前まで死にそうだと思っていた割に、私は実際に死ぬのが怖かった。物理的に死ぬのも怖いけれど、この人間であるということをやめるというのも、何か恐ろしさを感じる。


「老いて死ぬのが人の理ですものねえ。すずめは生身で生きていた頃とそんなに変わらない気持ちですけれど、色々考えるのもわかります」

「でしょ。いきなり言われて選べるものじゃないでしょ」

「でも、ずぅっと一緒にいられるというのは嬉しいものではありませんか?」


 それは嬉しい。私はこれから大きな怪我や病気にかかることがないだろうし、もしあったとしてもミコト様がすぐに治してくれるだろう。大好きな相手が死んでしまうのはこの上なく辛いことで、もし私が神様だったらお父さんやお母さんのことも長生きできるようにしてしまったかもしれない。

 でも、自分がそうやって人間の枠から外れるのは、高層ビルから飛び降りるくらいの怖さがある。今でさえ見えていない未来が、先がないという形で大きな口を開けて待ち構えているような気がするのだ。

 じっと見つめると飲み込まれそうな不安を感じていると、すずめくんがぎゅっと抱き着いてきた。


「主様にご相談なされませ。報告連絡相談が大事なのでしょう? いっとうルリさまをお好きな主様が、きっとお気持ちを楽にしてくれます」

「すずめくん……」

「それに、すずめ達もいますからね。ルリさまが悲しいとみな悲しいのです。誰でも、いつでもご相談くださっていいんですよ」

「ありがとう」


 ぎゅぎゅーっと抱き着き返していると、どこからか視線を感じた。

 気付くと几帳が近くに置かれていて、隠れている人影を透かしている。


「妬ましや……」

「こわ」

「ルリよ……ルリが好きなのは私であろう……? 私こそがルリのこ……恋人であろう?」

「主様、ルリさまはすずめ達のことも大好きなのですよ!」

「あなや」


 しばらくの口論の後、私がすずめくんとミコト様にサンドイッチされる形で落ち着いた。






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