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人もすなるロマンティックというものを5

 気が付いたら朝だった。

 なんか凄い神様とあれこれしたり、ミコト様に断ち切ってもらったりしたのは、やっぱり体力を削ることだったのかもしれない。喋りはじめのセキセイインコのようなミコト様の「報告」を聞いているうちにいつの間にか眠ってしまっていたらしかった。


 ぱちっと目を開けると、破壊力の高いイケメンがうっとり顔でこっちを見ている。私の寝起きの顔なんてぶっちゃけ見れたものじゃないというのに、神様は特にそういうこともないようだった。あんなに泣いてたんだから、まぶたが腫れて顔が全体的にむくんでいてもバチは当たらないというのに。世の中は不公平だ。

 じっと見ていると、ぽっと頬を染めたミコト様が掛け布団を頬まで引っ張りながら微笑んだ。


「お、お、おはよう……」

「おはようございます」


 かさばる平安装束のまま寝たからか、寝返りが足りなかったようで体が固まっている。ぐーっと伸びをして起き上がると、ミコト様が濃い青の綺麗な切子ガラスに水を注いで渡してくれた。ちょうどのどが渇いていたのでぐびっと飲み干してお礼を言い、御帳台の外を覗く。


「今何時ですかね?」

「夜明けからさほどは……6時というのだったか、それくらいであろう」

「よかった、学校に行く前にシャワー浴びれそう」

「……学校へは、行ってほしくない」


 声が暗くなったので、御帳台の中を振り返る。すぐ後ろにいたミコト様が、そっと私に腕を回してきた。


「私の神気を吹き込んだとはいえ、またあれらが襲ってくるかも知らぬ。ルリも本調子ではないし、何かあったら私は生きてはいけぬ」

「というのは建前で?」

「……というのは建前だけではない……が、私がその、ルリとずっと一緒にいたい……と、言うのも……その、少し……いや、そこそこは……」


 女子的には、そっちの本心を全面に押し出したほうがぐらつくのではないかと思う。にやーっとなる顔をミコト様の胸元に押し付けてぐりぐりしてごまかしてから、私は顔を上げた。


「今日もすずめくんと一緒に行くし、なんだったら狛ちゃんか獅子ちゃんも付いてきてくれたら安心です。もし変な気配があったらすぐに帰るし、ミコト様を呼びます。あの依代の紙があったらすぐ呼べるんですよね?」

「そうではあるが」

「私、ゆくゆくはこのお屋敷でずっと暮らしてもいいですよ」

「ほァ……ほ、ほ、本当か?!」

「はい」


 ミコト様が目を見開いてめちゃくちゃびっくりしていた。なんだろう。そんなに驚かせる選択肢だっただろうか。もともと、もう私の家族も家もあの街にはない。友達や学校は楽しいけれど、ミコト様を犠牲にしてまでずっと持ち続けたいとは思わないのに。まあ、時々友達とは連絡できると嬉しいけど。


 驚いた顔が、徐々に紅潮していく。おさまったかと思えばすぐ赤くなるので、時々ミコト様の顔の毛細血管が心配になるくらいだ。


「でも、だからこそ学校はちゃんと行って卒業したいし、大学に行くか就職するか、あと何年かは外の世界の暮らしをしておきたいんです。あと数年、私のわがままを聞いてくれませんか?」

「き、聞くに決まっている」


 コクコクと小刻みに頷きながら、ミコト様の顔がじわじわと嬉しそうに緩んできた。背中に回った腕にも力が込められて、ぎゅっと抱きつかれたかと思うと肩を掴んで目を合わせる。


「ま、真か、ずっと、ずっと私のそばに……ああ、私はなんという果報者か……!」


 うるうるしたかと思うとまたぎゅーっと抱きしめられて、そのままくるくると回られる。気が付くと周囲に花の香が充満していて、ミコト様の喜び具合が限界突破しているようだ。嬉しや嬉しやと本当に楽しそうに笑っているので、こっちも幸せになってくるぐらいだ。


 お腹も空いてきたので宥めて部屋から出ると、お屋敷から見える範囲の庭がすべて満開の花で埋め尽くされて大変メルヘンになっていた。その花を背負って、涼し気な顔のめじろくんとぷくぷくほっぺのすずめくんが部屋の前で正座して私達を待ち構えていた。ふたりとも、わくわくという音が聞こえそうなほど目がキラキラしている。


「おはようございます、主様、ルリさま」

「いかがでしたでしょうか……?」


 何がいかがでしたか聞いているんだろう。

 答えかねていると、ミコト様がうっとりと桃色に染まりそうな溜息を漏らしながら頷いた。


「これまでのすべての夜を合わせても、この夜の喜びにはまったく届かないであろうな……」


 まじか。何百年以上の濃度だったのか。

 庭の木にぽぽぽと蕾が膨らんで、もはや葉っぱの緑も見えなくなるほどの花盛りになっていた。ミコト様の言葉を聞いためじろくんとすずめくんは、ぱあっとこれまた笑顔を満開にしてお互いの手をギュッと握り、大声で叫びながらぴゃーっと駆けていく。


「同衾!」

「結婚!」

「大勝利ー!」


 なんか裁判の「勝訴」みたいな感じで広いお屋敷を駆け回り、あちこちでやんややんやと湧いていた。


「いや、まだ結婚というわけじゃ……」

「なぜ?」

「えっ……だってほら、まだ未成年ですし、高校生なのに入籍とかは」


 ミコト様がものすごく不思議そうな顔で首を傾げたので、逆に私がおかしいのではないかという気持ちに一瞬陥ってしまった。

 いずれ結婚するにしても、流石にもう少しあとのほうが良い。そう説明すると、ミコト様は納得行った顔で頷いた。


「なるほどわかった。ルリが心配しているのは現し世の法なのだな」

「えっとまぁ、それだけじゃないと思いますけど」

「大丈夫だ。神に輿入れするというのは人の理を超えることであるから。役所に入籍届とやらを出すのはいつでも好きなときにすればよい」

「えぇ……?」


 安心するがよいと私をポンポン叩いてミコト様は自信満々に頷いた。これで問題解決、みたいな雰囲気を出している。

 つまり、今実際に結婚してしまって、現実での手続きはお好きなときにやればいいと?

 これ、解決しているのだろうか。


「いやミコト様」

「祝言は先に上げても学校ではそのままの名を名乗ればよいし、そうだ、現し世で入籍する際にもまた式を挙げるのもよいのではないか? そのときには、正式に今様のぷ、ぷろぽずなるものもして……洋装の嫁入り衣装も可愛らしいのが多いし、ルリの友達を呼べるようにしてもよいやもしれぬ。最初に着た衣を染め替えて着てもよいし……」

「ミコト様」

「今は結婚式場というのがあるのであろう? 雑誌で見たぞ。あの段々になっているけえき、一度作ってみたかった。それぞれ違った風味を付けても良いし、あのくりいむの花のような絞りは一日二日で出来るようなものではないから、うんと時間を掛けて入念に準備をしておきたい。飾る花の時期も考えて……」


 ダメだ、夢見がちな乙女モードに突入してしまっている。

 うっとりと世界に浸るミコト様とはしゃぎまくりな小鳥コンビの説得は一旦諦めて、私はとりあえずシャワーを浴びることにした。

 ……浴槽になぜかバラの花弁が浮かんでいたことも、気付かなかったことにした。






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