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人もすなるロマンティックというものを4

 御帳台の内側には灯台があって明かりが揺らめいていたけれど、周囲を布で囲んでいるのでやや暗い。横を向く形で寝転がったミコト様の長くて黒いまつ毛が濃い影を作っているのを見ながら、力を入れて体を横に転がし密着する。

 ミコト様の顔が赤くなったのが薄暗い中でもわかった。


「もし私が神隠しにあったとして、犯人がミコト様だった場合とあの格の高い神様だった場合では大きな違いがあります。なんだかわかりますか?」

「う……そ、それは……わ、私が、その、ルリの、ルリのこ、こ、こ」

「そうです」


 頷くと、ミコト様は顔を引き締め切れずに口元をプルプルさせていた。恋人になったというだけでそんなに喜んでもらえると、こっちもなり甲斐があるものである。ミコト様は赤い顔を一生懸命真剣なものでキープしようと努力しつつ、咳払いをしながら体の下側にあった腕を頭に持っていって肘をついた。顔と顔との距離が近かったらしい。


「し、しかし」

「確かにいきなり何も言わずにお屋敷に閉じ込められて、お父さんにも友達にも一切連絡できなくなったらそりゃイヤですよ。物凄く怒ると思います」

「そうであろう」

「でも、ミコト様、ちょっと忘れてませんか? 私もミコト様のことが好きなんですよ」

「はゥんぐ」


 ミコト様が変なところに入った空気で噎せていた。私に対して咳き込まないよう一生懸命にこらえながら、うつ伏せになってゲホゲホしている。治まっても顔を上げないのは、恥ずかしくて上げられないとかそういうのだろう。これだけ長くミコト様の隣りにいたのだから、それぐらい手に取るようにわかるのである。

 背中をさすってあげると、大きな背中を一生懸命縮こまらせて小さくなる。


「今まで育ってきた生活なのでいきなり離れるのはもちろんイヤですけど、でもミコト様をそうやって追い詰めてまで守りたいとは思ってないです。ミコト様も同じくらい大事なので、私のためだからとか私が嫌がるからとかそういうので我慢しすぎないでください。優しいとこはミコト様の良いところですけど、それでミコト様が苦しくなったら意味ないので」


 ミコト様、と呼びかけながらぽんぽんと背中を叩くと、ぴくりと肩が動く。そのまま待っていると、そろーっと顔がこちらを向いた。


「現代社会で必要不可欠な言葉を知っていますか?」

「わ、わからぬ」

「ホウ・レン・ソウです」

「ほ、ほうれん草……?」

「報告、連絡、相談の略らしいですよ。これを徹底しないと現代社会の荒波を超えていけないそうです」

「ま、まことか」


 真面目な顔で言うと、ミコト様も真剣な顔でほうれんそう……と呟いている。人の話をちゃんと聞いてくれるのは嬉しいけれど、この人、こんなに素直で本当に今までよく生きてこれたと思う。


「何かあったらミコト様も抱え込まずに私に報告連絡相談してください。私もできるだけしますけど、ちゃんと相談してくれないと、私がどう思ってるかとかどうして欲しいとか言えないので」

「相談……わかった。報告に連絡に相談だな。報告や連絡は今までそれほどしたことがないので、なかなか塩梅を掴みにくいかもしれぬが」

「大丈夫ですよ。とにかく色々教えてくれたら良いので」

「色々……」


 神様でありお屋敷の主である立場上、めじろくん達からホウ・レン・ソウされる側ではあっただろうけれど、自分がする側になることはほとんどなかったのかもしれない。大体ミコト様はお屋敷で働いている人達の要望を聞いて叶えたり、自分がやりたいことをやっているだけだったし、力も強いので誰かに相談するほど困ったことも少ないのだろう。

 例を示すべく、ミコト様の背中を撫でていた手を伸ばしてそのまま抱きつき、ミコト様に「報告」してみる。


「ミコト様、私はミコト様が好きですよ。ミコト様的にはあんまりピンときてないかもしれないですけど、自分では結構ミコト様を好きなんじゃないかなと思います。ミコト様がごはん作ってくれてると嬉しいし、恥ずかしがってしじみってるのもなんか可愛いし、どんなときでも助けてくれて私のお願いを叶えようとしてくれるのも好きです」

「ま、ま、る、待っ!」

「こんな感じで報告してください」

「い、今のが報告なのか?! こんな、こんな、わ、私にはとても……!!」

「イヤでしたか?」

「……嫌なわけがなかろう……!」


 現代社会は私には難しい、と呟きながら、ミコト様がじわじわとうつ伏せで丸くなって動かなくなった。紅梅さん達がいつも丁寧に和風のアイロンを掛けている装束がしわくちゃだし、そういえば私の着ているミコト様の服もしわくちゃだった。すずめくんがぷりぷり怒るのが目に浮かぶけれど、着付けてもらっていたので脱ぎ方がよくわからない。

 ミコト様もフリーズしてしまったし、誰か呼んで着替えさせてもらおうかと考えていると、むくりとミコト様が再起動した。


「わ……、んん゛っ、わ、私は、ルリがそう言うてくれて、嬉しい。とても嬉しい。天にも昇る気持ちだ。だから……わ、私もその、ルリに……そのように、思ってほしくて……」


 すーはーすーはーと息をしながらも、ミコト様はうるうるした目を私から外さないように頑張っていた。


「わ、私も……ルリのことを、す、す、すす好いておる。何よりも……。ルリがその、わ、私のことを心配してくれるのも、面映いが、嬉しくて、そ、その、とにかく、好いておるのだ」

「うわこれ恥ずかしい」

「な……る、ルリが言えと言うたから私は!」


 ミコト様の照れが甘ーい言葉に乗って空気感染した。ものすごく恥ずかしいけれど、自分の気持ちをそのまま伝えるのはなんだか気持ちよかった。相手が喜んでくれるからかもしれない。自分の心からの気持ちを伝えられて、それをちゃんと受け止めてくれる人がいるというのはなんだかあったかくて照れくさくて幸せだ。

 薄暗い御帳台の中で、お互いに顔を赤くしながら目が合う。今同じ気持ちなんだろうなあと思うと、何だか照れ笑いが出る。ミコト様も同時に笑ったので、私達はエヘヘーと恥ずかしさを誤魔化すようにしばらく中途半端な笑いに浸り続けた。






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