人もすなるロマンティックというものを3
獅子ちゃんのこんもりしたしっぽがみるみる小さくなっていくと、私を抱えたミコト様がモジモジし始めた。
「そっ! そ、そ、それで……その……その」
顔を赤く染めて、その、の先を言い出せずにアウアウと口をさまよわせている。
いつもは待たずに私が先を促したりするのだけれど、このまま私が何も言わなければどうするのだろう、と思って待っていると、しばらくしてミコト様がきっと顔を上げた。
「か、帰るぞ!」
既に今帰っている途中なのにと内心突っ込んでいると、ミコト様が右腕を私の膝の下に入れて、そのままふわりと狛ちゃんの鞍に乗った座布団から浮き上がってしまった。私をお姫様抱っこしたままのミコト様は、すいーっと流れるようにより速く進む。私の鞄だけを残された狛ちゃんも楽しそうに追いかけてくるけれど、徐々にその姿も引き離されていってしまっていた。
いつの間にか街並みが戻ってきていて、お社のあるこんもりとした小さい森が見える。そこを目指すように降下を始めると、途中でふわっと何かに飛び込んだ感覚があった。気付くとお屋敷の真上に出ていて、そのまま春爛漫の中庭目掛けて降りていく。一度池の近くの岩で足をついて、そのままふわんとミコト様は主屋に入り込んでようやく足を着いた。
廊下をずんずんと歩いて奥まで進み、ミコト様の寝室である広い部屋に入る。三方が布で閉じられた御帳台にそのまま進んで私をその中の布団へとそっと下ろした。固い枕が後頭部にあたる。
「えっ……」
て、展開、早くない……?
流石に驚いてどうしようか戸惑っていると、ミコト様がハッとしてアワアワと下がる。
「ち、そ、ルリ、体に力が入りにくかろう、今日は安静にしていたほうが良いと……」
「あ、ですよね」
確かに、空中散歩中はそうでもなかったけど今起き上がろうとしてみると手足が重だるい。無理に起き上がろうとすると倒れるかもしれぬからとミコト様が押し留めたけれど、そもそも起き上がるのも辛そうだ。神様の土地では時間の流れが少し遅かったようで、私達はもう夕食は食べたけれど外の世界ではもうしばらくすれば夜になるくらいの時間である。特にお腹も空いてないし今日はもう寝てしまってもいいかもしれない。
そう思いながら頷くと、ミコト様がさっと目を逸らしてから近くに手を付いた。
「違う……、いや、そう思っているのも事実だが、わ、私は……下心もあってここにルリを連れ込んだのだ……すまぬ」
「したごころ……」
そう言われてみれば、普通に私の布団へ運んでくれればいいだけだった。物凄く正直な下心である。そしてそんなことをぶっちゃけられて私はどうすれば良いのか。いや、ろくに動けないんだけど。
寝転んだままじっと見上げていると、ミコト様が悲しげに顔を歪ませる。
「私は、ルリをもう外には出したくない」
「えぇ」
「あれほど気を付けておったのに、ほんの隙間を狙われた。ルリをここへ置いて、ひとりで行けばよかったのだ。私は……もうルリを危険な目には遭わせたくはない。誰かに奪われたくもない」
長い指がそっとにわか面を剥がしてしまう。そういえば今まで付けっぱなしだったけれど、ミコト様はよくこれを見ながら笑わないでいられたものだ。タレ目のお面を目で見ていると、視線を戻すようにそっと頬に触れられる。
「本当はずっと思っていた。そなたを、ルリをここへ留め置くことができればどれほどよいかと。どこへも行かず、何にも邪魔をされず、ずっと共にいられたらと」
「そうなんですか」
神様の専売特許、ミコト様的にもありだったのか。
「……だが、それでは彼奴らと同じではないか。力を振りかざし、その強さで無理に攫って閉じ込めておいて、何を言っても言い訳にしかなるまい。私はルリに幸せになってほしいと言いながらも、心の底では己の欲を必死で抑えてばかりであった。私は浅ましい……」
ミコト様の手が頬から離れていく。そのまま立って御帳台を出ていきそうな気がしたので、手を伸ばして袖を引っ張った。
「ミコト様、ちょっとこっち来て」
「何を……」
「いいから早くしてください」
そのまま綱引きのように両手でどんどん引っ張ると、戸惑いながらミコト様が近付く。体を横にずらして布団のスペースを開けると、ミコト様が止まった。
「ル、ルリよ何を」
「いいから、はいここ寝転んでください。早く」
「いや、だから私は」
「あー体動かすとめまいがしてすごい辛いなー頭も痛い気がするなー」
「ああ、動いてはならぬ、わかった、わかったから」
ミコト様は心配性なので基本的にちょろい。私に急かされたミコト様は結局、物言いたげな顔をしながらも遠慮がちに私の隣に横になった。




