人もすなるロマンティックというものを2
力の強い神様は、相手を自分のものにするのが得意らしい。
自分のものというか、自分の一部のようにするというか、同じになるというかとにかくそんな感じなんだそうだ。「力」というのは原子や分子みたいなもので、人間は普通に生きていれば住んでいる土地や食べ物の力で構成されている。だけど、神様は自分の力でその体を染め上げることが出来るらしい。ゾンビウイルスみたいである。実際にはゾンビとは違って本人の意志を残したり、逆に奪ったり、本人の能力を強くしたりとか色々出来るらしいけれど、人間に対してそういうことをすると人によっては器、つまり肉体が壊れたりすることもあるのだとか。普通に怖い。
あの神様がどう意図したのかわからないけれど、私のこともそういうふうに染めようとしたそうだ。ミコト様が引き剥がしたけれど、私の思いからあの神様の力が増えるほどに「繋がって」しまっていたので、ミコト様が自分の力を吹き込んでそれを断ち切ったのだとか。
そういうことを、ミコト様がヒグヒグ泣きながら途切れ途切れに解説してくれた。昔のティッシュ的な懐紙は結構しっかりした紙なので、クシャクシャに揉んでうんと柔らかくしてから、そっと赤くなった目元を拭ってあげる。私達を乗せている狛ちゃんや百田くんを背中に乗せた獅子ちゃんもこちらを振り返って心配しているけれど、それでも空を駆ける速さは変わらない。
拭いたそばからぽろぽろと涙が落ちてくるので、しわくちゃしっとりになった懐紙が私の膝の上に溜まっていた。もしかしたら、私がどうにかなるという心配からの反動もあるのかもしれない。涙は止まらないけれど、ミコト様は私から手を離そうとはしないので自動的に私が拭く係になっているのだ。
「そんなに泣かなくても……」
「ふ、わ、わた、私は、もっと、ルリと近うなってからっ、ゆっ、ゆっくり、」
お尻が狛ちゃんの背中に付いている以外はほぼお姫様抱っこな状態ってもう相当近いと思うけれど。あれこれ言うと嘆きが激しくなるので私は黙って懐紙を揉む。
「る、ルリも、お、おどろいたであろうに……、わ、わたしは、こ、こわ、怖がらぬよう、る、ルリが、望んでくれるよう、すこ、少しずつ……わ、私だけは、ルリを怖がらせぬ者であろうと」
「私のことも思っててくれたんですね」
美しい月の夜に、とか春の霞漂う中で、とかシチュエーションも語り出しているけれど、とにかく私を怖がらせたくないという気持ちもあったらしい。相当なロマンチストな上に過剰な心配性であるミコト様からして、このシチュエーションはファーストキスとして非常に不本意であったのだろう。
「えーっと、私を助けようとしてやったことなんですから、キスとしてカウントしない方向でもいいのでは「なっならぬ!! い、い、いくら気持ちの通じ合いがなかったとはいえ! そもそもをなかったことにするなどと!!」
救命行為は除外してもいいような気がするけれど、それはそれでイヤらしい。めんどくさい心境を持っているようだ。どないせいっちゅうねん。そもそも私もファーストキスだというのに。ミコト様が先に乙女モードに入ってしまうので、私が入る隙がないのだ。いつも。
「わかりました」
「え……」
「ちょっとミコト様、よっこいしょ」
いつまでもさめざめ嘆いているので、私も覚悟を決める。ミコト様の左腕にもたれっぱなしになっていた上体を起こしながら、ミコト様の首に両腕を回した。腕に力を入れて顔を近付けると、涙で濡れたまつ毛がぱちぱちぱちとせわしなく瞬いている。ハワァ……と言葉にならない音が開けられた口から漏れていた。
「思ったんですけど、たった一回のことだと思うからなおのことこだわっちゃうんじゃないですかね」
「な、な、な」
「いっぱいしたら、そのうち気にならなくなるんじゃないですか?」
「い、い、い」
いっぱい……いっぱい……とミコト様が口の中でいっぱいを転がしまくっている。既に涙は止まり、目元が別の意味で赤くなっていた。ミコト様は色が白いので、恥ずかしくなると耳の方まで赤くなるのがわかる。私も結構恥ずかしいけれど、ミコト様がそれ以上に恥ずかしがってくれているおかげで混乱をきたすほどではなかった。
「いっぱいキスするのイヤですか?」
「い、い、いやなどと……、そ、そんな……破廉恥な」
恥ずかしがってる割に、ミコト様の腕はしっかり私の背中に回っていた。真っ赤になって狼狽えながらも私の顔をじっと見つめている。どんなに赤くなろうとミコト様のイケメン度は変わらないので、潤んだ目で見つめられるとこっちもドキドキしてくるのだ。
こくりと喉仏が動いて、ミコト様の腕の力が強くなる。酸素が薄いかのように震えている薄い唇がじわじわと近付いてきたところで、私はミコト様の肩をタップした。
「でもまあ、百田くんが起きてるみたいなので、また今度ですけど」
「え…………」
ミコト様がきょとんとした顔になり、それから言葉を理解してゆっくりと隣を見る。獅子ちゃんの背中にうつ伏せにされている百田くんは、ゆっくりと目を瞑ったままの顔を向こう側へ向けた後、気を失っていたとき以上に動かないまま無言を貫いた。
その姿と私の顔を交互に見たあと、ミコト様はあうあうと口を動かしながら恥ずかしそうな、物欲しそうな、なんとも言えない顔になってしばらく無言でふらふらした後、力なく夕日に染まる街の前方を指差す。
「獅子よ……、モモダを家まで送り届けよ……」
賢い番犬獅子ちゃんは主の言葉をきちんと聞き届け、ひときわ大きく風を蹴って一足先に高度をさげた。




