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溺れる神は○をも掴む15

「捕まえたって……どうするんですか、これ」


 もう喋ってもよいとミコト様が言ったので喋ったけれど、心持ち小声だ。私のひそひそ声に嬉しげに体を傾けているミコト様はにこにこしているけれど、縛られて横たわっている神様が激しくうごめいていて怖い。おそらくとても怒っているのだろう。目隠しに使われている白い布や、体のあちこちに巻きつけられた白っぽい縄の辺りに時折チロチロと炎が上がっていて、いつ縛めを解いて襲いかかってきてもおかしくない雰囲気なのである。


「どうやら主の意向も訊かずにこやつが勝手をしてモモダを連れてきたので間違いないようだからな。とりあえず」

「いや、とりあえずでこんなことしちゃダメですよ。めちゃくちゃ怒ってますよ」

「ルリは優しいな」


 ここの主は百田くんに対して特に執着も関心もないようなので、この意地悪な神様を何とかすれば帰れるだろうと思ってのことらしい。格が上の神様であれば力押しで負けるけれど、同じくらいの相手であれば何とかなると思ったのだそうだ。

 キリッとした顔で「守るものがある私の方が強い」とか言っているけれど、普通にあっちの神様も「お方様」を守っているのだろうし、さっきまで楽しそうにハンバーグたねを捏ねていたのでイマイチ締まらないのは秘密だ。


「これにもう手は出さぬと言わせておけば大丈夫だと思うが」

「だからってこんな実力行使はヤバイですよ。ここはもっと穏便になんかないんですか」

「ひねた性格をしておるからな。穏便にしようとするとこちらがやられるかもしれぬぞ」

「確かに……」


 身動きの取れない状態で暴れるのは大変だろうに、未だにビチビチと鯉のように跳ねている神様は、話し合いで解決しようと言っても聞いてくれなかった可能性のほうが高い。しかし、ここで力ずくの説得をしたところで納得してくれるかどうかも怪しくはある。

 乱れて広がる黒髪を見つめながら何がベストなのか考えていると、ホッカムリ姿で顔を青くしていた百田くんがそっと手を上げた。


「あの、そもそもここの主である神様の具合は大丈夫なんですか? 神様って、調子を崩すとすげえ影響あると思うんですけど……」


 ミコト様の不調をモロに食らっていた体験者としてはそこが気になったようだ。バラが散っている手拭いを被っていても頼りになる男子である。


「そもそもそれが元凶で連れてこられたんですし、そこを突き止められたらもう誰も隠される心配がないと思うんですが」

「そうは言うが、ああも閉じきった部屋で篭もられては様子も伺えぬぞ。だからこそこれも苦肉の策でわざわざ人などを攫ってきたのであろうし」


 神様が持つ力というのは、泉のように常に湧き出て周囲に流れているようなものなので、それが分かる人であればその力の持ち主の大体の様子などがわかるらしい。もちろん全部がダダ漏れだと困ることもあるので、調子の悪いときは隠したり、逆にわざと力を誇示したりすることもあるそうだ。

 今この神域の持ち主である神様はあの障子の向こう側にある空間からこちらに全く力を流してこないので、どんな状態なのかミコト様でもよくわからないのだそうだ。


「まあ、閉じこもっているというのだから、何か嫌なことがあってしばらく籠もりたい気持ちなのだろう。そのうち出てくるのではないか」


 もし誰かの手を借りて何とか出来るようなものであれば最初からそうしているだろうし、格上の神様が手に負えない状況であればそれより力のない者には手の出しようがない。

 そんなことを言っているけれど、神様の「そのうち」って普通に百年単位だったりするので困る。ミコト様自身もうずーっと引きこもっていたからなのか、普通はそんなに引きこもらないということを忘れ去っているようだ。やっぱり引きこもっていると世間との常識のズレが出てくるのだなあ。


「誰とも会わぬ生活と言うと暗く思いがちかも知れぬが、中々そうでもないのだぞ。まあ時折は物思いに沈むこともあるが、絵巻を幾日も眺めたり、空を渡る月の模様を眺めて夜明けを迎えたり……」

「意外と楽しそうな引きこもり生活を送ってたんですね」


 訳知り顔で語るミコト様は一人で楽しめるような趣味をコツコツやるのが好きなので、引きこもり生活は特に苦じゃなかったらしい。私もゆっくり本を読んだりするのは楽しそうだけれど、しばらくすると退屈になりそうだ。お屋敷で甲斐甲斐しく世話をして心配していためじろくん達が知ると怒りそうである。

 源氏物語を全文暗記した話を聞いていると、縛られていた神様から火柱が上がった。


「お前のようなくそたわけとお方様を同じにするな! お方様は慈悲深く、そのお力で持ってこの界を統治し、すべてを完璧に整えられていたお方だぞ! うじうじと下らぬことで悩むような恥晒しとは違う!!」


 燃え盛った炎が猿ぐつわの縄を燃やしきって、縛られているままでこちらに吠えるように反論した。すぐさまどんと音を立てて雷が降ってきたので大人しくなったけれど、目隠しをしていてもこちらを恨めしそうに睨んでいるのがわかるほど怒っている。私はにわか面を被り直してミコト様の影に隠れ、顔の青い百田くんも口を閉じて更に一歩さがった。


「ここまでしても騒がしい奴よ。私のこ、こ、こいびと……を驚かせるな」


 ミコト様がうれし恥ずかしな様子で言ったせいで、ますますイライラしたように炎が舞っている。ミコト様のリリカルさはわかっているので、もうこれ以上相手を煽らないで欲しい。

 それにしても、「お方様」の様子を聞くにつけて、私には頭に浮かんだ言葉があった。


 もしかして、神様、うつなのでは?






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