溺れる神は○をも掴む14
ミコト様が私の手を繋ぎ、私と百田くんはそれぞれ提灯を持って暗闇の中を歩く。
途中まではさっき百田くんを探しに行った道を通ったけれど、百田くんが閉じ込められていた部屋に着く手前で道なき道を左に逸れてさらに歩いていく。ずっと真っ暗な空間だった道は歩いていくと絵の具が滲んだようになっていたり、ぐんにゃりと歪んでいるような圧迫感を感じるようになっていった。
ふいにミコト様が立ち止まり、私達を振り返って小さな声で念を押す。
「そろそろだ。気付かれてよいことはないであろうから、呼気を低くして声を出さぬように。くれぐれも相手の目を見るでないぞ」
私は左半分しかないにわか面を、百田くんはバラがあふれるホッカムリをこくこくと縦に動かしてそっと歩き出す。すると前方にぼんやりと滲み出るように風景が浮かび上がってきた。物凄くピントが合わない映像のようで目が痛くなるけれど、そこに到達する前にミコト様は歩みを止める。
建物の中で、綺麗な真紅の着物を来た女性が立っている。十二単のような着物が床に流れ、その上に更に綺麗な黒髪がこぼれていっているけれど、全くそれらを気にしていないかのようにその人は目の前の戸に縋り付いていた。ぼやけた視界だけれど顔を見てしまわないように、その手の先にある豪華絢爛な障子戸に視線を固定する。
「お方様……どうか、どうかお顔だけでもお見せくださいませ」
ミコト様に対するトゲトゲしい態度からは考えられないほどの弱い声で、その人はそっと見えない向こう側へ声を掛けていた。心配そうに障子を撫でては、じっと耳を付けて向こう側の気配を探ろうとしている。
「どうして出てくださらぬのですか。このようにお隠れになって、神域もご覧にならず、お食事もお召にならず……もう幾日が経ちましたことか。何がお障りになったのでしょうか、どうかお教えくださりませ。何がお方様のお心をお塞ぎになったのか、お教えくださりませ」
どうやらここの神様も引きこもっているらしい。神様界にも引きこもり問題の風が吹いているのだろうか。
「あれほど曇りもなくここをお治めになっておられたではありませぬか。またその尊いお姿をお見せになって、私どもをそのご慈悲でお照らしくださいませ……外のものも、お方様を待ち望んでおります……」
聞いてる方が可哀想になってくるほど、その神様は何の返答もない空間に向かって懇願していた。そのうちしくしくと泣き出してしまうのではないかというくらいに悲壮な声は、私達に対してとの態度が違いすぎて別人なのではないかと思うくらいである。
しかし、食事も取らず、外にも出ず、部屋に閉じこもって塞ぎ込んでいるとは。
「誰じゃ!」
考えていると、鋭い一言が飛んできてフラッシュを焚いたように周囲が明るく光った。赤々と激しい炎が私達を包んでいるけれど、私達を背にしたミコト様が防いでいるようで3人の周囲にその熱は届かない。
「おのれ、このようなところにまで入り込むとは……!! 忌々しい鼠よ! 往ね!!」
メラメラと周囲で燃える炎のように、神様の紅い衣と長い黒髪が揺れてどろどろと音が鳴りそうなおどろおどろしい雰囲気を出している。その姿の欠片でも見ていると恐怖が湧き上がってくるので、私は顔を伏せてミコト様の足元だけを見ていることにした。よく見ると、足元にチラ見えしている足袋に青い鳥が刺繍されている。かわいい。
「お方様の様子を探ってここを乗っ取る気であろう!! 下種め! この私が成敗してくれるわ!」
「誰もそのようなことを考えてはおらぬ。そなた妄想も大概にせよ」
メラメラとより激しく燃え盛る炎を切り裂くように、鋭い雷が何度も落ちた。びりびりと肌や耳に響くのでミコト様の背中にしがみつきながらそれに耐える。
何か叫んでいる声とミコト様の応えと、それからなんやかんやの轟音が続いた後。
「ルリや、怖い思いをさせてすまなんだ」
そっと私の腕を撫でたミコト様の声に顔を上げた。頬を染めている以外には少しの乱れもないミコト様が、にこやかに笑ってすっと前を指す。
「捕まえたぞ」
目隠しをされ、後ろ手に体のあちこちを縛られた神様が、恨めしそうにうごめいていた。
いや、捕まえたぞじゃないから。




