溺れる神は○をも掴む12
ハンバーグは小さいサイズにして、半分は軽い食事に、それから半分は煮込みハンバーグにすることにした。煮込んでいるうちに百田くんを探しに行こうという作戦である。またミコト様が口を尖らせるかと思ったけれど、一緒にハンバーグを捏ねたのが楽しかったらしくテキパキと片付けをしてくれた。
細い筆で柱や扉に何かを書き付けているのは、お屋敷をここに置いておくためらしい。私はハーフにわか面を付け直し、鞄を持って、ミコト様が作ってくれた提灯を掲げる。筒状で折り畳みができる提灯で、正面に丸っこい字で「み」と書いてあるのがかわいい。
「とりあえず、それらしき方向へ行くか」
「それらしき?」
「気配がいくつかあるので、近い順にな」
頬を染めながらも私の右手をしっかりと握ったミコト様が、散歩に出かけるかのような気楽さで歩き始める。真っ暗な空間には、ミコト様が歩いたそばから道が出来て提灯の明かりが届いていた。振り向くと、明かりの行き届いた建物が見える。
「ミコト様、物凄く余裕ですね」
「うむ? まあな。相手の方が格が上とはいえ、私も傷が癒えてからすこぶる調子がよい。それに、ルリも私に力を与えてくれるし」
「ああ、確かに」
神様は人の願いを叶え、それによって人が信仰を寄せることが神様の力になる。ミコト様は私のお願いなら大体聞いてくれるし、私もミコト様のことはむちゃくちゃ信頼しているので力になっているのだろう。自分ではよくわからないけれど。何があっても大丈夫というのは信仰の現れなのだろうか。信頼と信仰って似ているのかもしれない。
「いや、うむ、それもあるが、その、その、ルリと私はその……お、おも、想いが」
信仰心について考えていると隣でミコト様がキャッと恥じらっていた。なんか楽しそうなので放っておくことにする。
暗闇の中をてくてくと歩いてしばらくすると、前方に何かぼんやりと光っているものが見えた。映像にモザイクをかけて更に薄布で覆っているような不明瞭さではあるけれど、どうやらどこかの部屋が見えているらしい。柱や几帳のような色合いが見える。
「モモダか、存外にすぐ見つかったな」
ちょっと意外そうな顔をしたミコト様が手を伸ばしてモザイクを払うような仕草をすると、ぼやけていた風景が霧を払うようにくっきりとした。その部屋の中央で寝転んでいた百田くんが驚いた顔をして起き上がる。その顔色が悪くやつれていたけれど、動けないほど弱ってはいないようだ。
「百田くん! 良かった!」
「箕坂? なんで……」
「ノビくんがいないって教えてくれて、ミコト様と探しに来たんだよ」
「わ、私は別にモモダを探そうと思ったわけではない。ルリがそう望んだからこそだぞ」
「そうですか、ありがとうございます」
ツンデレっぽいことを言っているミコト様にも、百田くんは丁寧にお礼をした。その様子がどこか力がないように見えたので、近付いてしゃがみ込む。
「百田くん、具合悪いの?」
「いや、腹減って……悪いけど、なんか食うもん持ってねーか」
「あるよ」
ノビくんが私に託したゼリーやスポーツドリンクを、流し込むという表現がぴったりな勢いで百田くんが口に入れる。いなくなった夜からまだ丸一日くらいだけれど、何も食べていなかったのだろうか。けれど、ガツガツと食べる百田くんの後ろには豪華な食事が盛られたお膳がまだ湯気を立てて並べられていた。
「あそこにごはん置いてあるよ?」
「食えるわけないだろ……」
「まあ、黄泉戸喫のようなものであるからな。モモダの判断が正しかろう」
ヨモツヘグイというのはあの世の食べ物で、口にするともう戻れなくなるヤバイ食べ物らしい。お膳に載っている食事も神気がたっぷり盛られているので、食べてしまうとここから出られなくなるし、さらに人間の枠から出てしまうそうだ。ミコト様によると、あの態度の悪い神様が手ずから作ったので神気が籠もっているのだろうということだった。
「神気が……え? もしかして私もやばくない?」
「あいや、わ、私はそのようなものは極力込めておらぬから……! その、少しは混ざっているかも知れぬが、ルリの身を護るくらいで、命を永らえるであるとかはまだそんな勝手にはせぬ!!」
ちょっと引いてミコト様を見ると、慌てて否定された。ちょっとは混ざっているというのは心配だけれど、百田くんの「あんだけ散々食っといて今更だろ」という言葉にそれもそうだと思ってしまう。
「ミコト様のごはんもお菓子も美味しいんで、変なもの混ぜないでくださいね」
「混ぜぬ! ルリの許しのない限りは!」
若干ミコト様の目が泳いでいたけれど、睨んでいると誓うと言ってくれたので信用することにする。
お屋敷の中は時間の流れがゆっくりなのでお腹空くのもゆっくりになりそうだけれど、そこは神様の力で百田くんが食事に手を付けるようにわざと空腹にさせていたらしい。軽く拷問である。百田くんの空腹が我慢できるうちに見つけられてよかった。
このことからも、あの神様は百田くんのことを帰すつもりはなかったのだとわかった。
「なんで百田くんを連れてきたんだろう」
「俺も正直心当たりない。部屋で勉強してて、なんかいる気配がしたから顔を上げたら、窓の向こうにヤバ……いや神様が降りてて気付いたらここに連れてこられてた」
「マジで誘拐じゃん。神様の専売特許やばいね」
百田くんは最初ここに連れてこられたとき、大広間のようなところに連れて行かれたらしい。ここでお方様に会えと言われたけれど、しばらく待っても誰も来なかった。その後、百田くんを連れ去った神様がまたやってきて、この部屋にいろと閉じ込められたらしい。
話からして、百田くんを連れ去ったのもあの態度の悪い神様で間違いないだろう。百田くんをこの神域の主である偉い神様に会わせようとしたようだけれど、どうやら何か不都合が起きてそれが叶わなかったようだ。
「なるほど、大体わかった」
ミコト様が百田くんの話を聞いて、一人だけ物知り顔で頷いた。
そして真剣な顔で私達に告げる。
「まずは戻るぞ。ハンバーグが煮崩れてしまう」




