溺れる神は○をも掴む9
のびのびと空を走る狛ちゃんの背に乗ってミコト様とおしゃべりしていると、いつの間にか見下ろす地面に住宅が見えなくなっていた。緑の濃い大地の中にぽつぽつと家のようなものが見えるけれど、大名屋敷のようなものや、なにか丸いドームのようなものなど、明らかに人間が暮らしているような雰囲気ではなかった。
ミコト様によるとここも日本ではあるけれど人でないものが多く暮らしている場所で、普通人間が行き来できるような場所ではないらしい。何かの拍子に迷い込んだりする人はいるけれど、そういう人の他には神様や力のあるアヤカシなどが暮らしている場所なのだとか。
「街から距離はさほど離れているわけではない。何というのか、こう、まんがの本があるであろう、その帳面にはそれぞれ違った人や場所が描かれているが、それらが重ねられてまとめて一冊になっておるであろう、その一冊がこの日の本というか……」
よくわからないけれど、同じ場所であってもいくつかの景色が重なるような状態になっているらしい。人間はそれの一つに暮らしているけれど、神様はそのいくつかを渡り歩くことも出来るし、力によっては自分で新しく景色を作ることが出来るのだそうだ。ミコト様のお屋敷もそうやって作ったものだけれど、あれはあの街くらいの広さしかない。ミコト様はあんまり景色作りとかには興味が無いので、自分が暮らせる場所だけを作ったらしい。
そして、これから向かう先の神様は、今私達がいるこの世界をまるまる作った神様だそうだ。
「なんかめっちゃ強そう」
「まあ、強かろうな」
「百田くん、ちゃんと帰ってこれるかな……そもそもなんで百田くんなんでしょうか」
「普段はさほど人には興味を示さぬ方であるから、なにか理由があるのやもしれぬ」
ミコト様とその神様はほとんど交流がないけれど、だからといって無断でミコト様の守る土地に入って勝手をするようなタイプではないそうだ。だから何かの事情が解決すれば、百田くんを返してくれるのではないかとミコト様は考えているらしい。
「その理由って、百田くんに一目惚れしたからとかだったりしてたらアレですよね」
「うぅむ、まあ帰ってこれぬかもなあ」
「神様の専売特許……」
これだけ大きな世界を作れるような神様だったら、人ひとり閉じ込めるくらいは何でもないことだろう。でも、いきなりこんな世界に連れてこられて、しかもずっと帰れなくなってしまうだなんて辛すぎる。
「でも、神様でもミコト様みたいに優しい人もいますよね? 相手が悲しかったらやめてくれるような人のほうが多いですよね」
「や、優しいなどと! 私は、ル、ル、ルリであるからこそ……。い、いや、まあ穏やかな者も……多いかどうかは……あれだが、おることにはおる」
同じ鞍の上でミコト様が器用にモジモジしながらも頷いてくれた。隣町の神様もとても親切で優しい人だったし、神様の良心を信じたい。
「とにかく屋敷へ入れてもらってからであろうな。まずモモダの無事を確かめて、事情を聞けるとよいのだが……ルリよ、くれぐれも私のそばから離れずに、顔を伏せておるのだぞ」
「わかってます。相手を見ないように、それからうかつに返事をしないようにですよね」
「そうだ。もし目を合わせでもして、あちらに取り込まれたら……ルリはこんなに可愛らしいのであるから……ああ! 心配は尽きぬ」
盛大に贔屓目で見ていると思うけれど、ミコト様は相手の神様が私を気に入ってしまうのではないかと心配しているらしい。自分より力が強い相手なのでもしそうなったら大変なのだろうけれど、果たして普通の人間である私にそんなに興味を示すものだろうか。百田くんとは違って私には霊感もないし、知らない人に親切にするような優しさもないし、お面被ってるし。
心配性なミコト様を宥めていると、やがて百田くんがいるらしい場所へと辿り着いた。
「え、あれが?」
「そうだ」
高い空の上からでもはっきりと見える、巨大な正方形の土地。そこに広がる庭とお屋敷。お屋敷と言うより、もはや宮殿とかそんな感じである。建物群はもはや一つの街くらいの規模があるように見えた。
「さあルリよ、ここより先は口を噤んで頭を伏せ、私から離れるでないぞ」
念を押す言葉に頷いて手を握ると、ミコト様は赤面しながらも真面目な顔で頷き、獅子ちゃんと狛ちゃんはゆっくりと巨大な門を目掛けて下降し始めた。




