表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/302

溺れる神は○をも掴む8

 ミコト様に連れられて飛んでいく感覚は、自分が紙風船になったような感じかもしれない。

 体重が軽くなったように風に押し上げられて、周囲の風景が目まぐるしく変わっていく。薄暗い曇り空の下で、雨が私達を避けて白く濁ったように弾かれていっていた。周囲を見回していると、私達の両側を守るように2匹の獣が空気を駆っている。


「狛ちゃんと獅子ちゃんも来たんですね」

「うむ。牛車より手早いのでな。ここらで少し降りるか」


 ゆっくりと速度を緩めて、どこかの小ぶりな山へと降り立つ。風景は人家より緑が多くなっていて、山も登山を楽しむようなものではなさそうだった。木を避けて地面が近付いてくると、どこからかタヌキのような生き物が集まってきて、ぐるりと円形に私達を囲んでははーと両手を上げては下げて拝むような姿勢を見せている。獣のちっちゃな前足が上がった時にちょっとぱーに開いているのが可愛い。


「しばし場所を借りるぞ」


 他よりもボサボサな毛並みで痩せた1匹が進み出たかと思うと、ミコト様の言葉を受けてコクコクと鼻先を上下させ、周囲を振り返って他のタヌキ達を下がらせる。ちょんと前足を揃えてお座りしたタヌキの顔は模様の違うものも並んでいるので、何種類かの生き物が混じっているのかもしれない。みんながミコト様を見上げてつぶらな目をキラキラさせているのは微笑ましかった。


「ルリよ、これの背に乗って行くぞ」

「えっうわ狛ちゃん達デカッ」


 呼ばれてミコト様の方へ顔を向けると、元は大型犬くらいのサイズだった狛ちゃんと獅子ちゃんが牛くらいの大きさになっていた。孫悟空が乗りそうな筋斗雲形のしっぽがフリフリと揺れているのは変わらないけれど、角も立派になった狛ちゃんの背中には鞍のようなものが付き、さらに大きくて分厚い座布団が乗せられている。角のない獅子ちゃんは鞍を背負ってはいなかったけれど、同じように大きくなっていた。


「立ちっぱなしも疲れるであろうから、これに座って行くのがよいであろう」


 鞍を指してミコト様が頷く。

 別に私はしがみついているくらいしかしていないので疲れるのかどうかわからないけれど、しばらく移動が続くのでミコト様は座って移動することにしたらしい。


「乗るんですか、私達が」

「いや、その、これらも心得てはおるであろうが、万一にも落ちてはならぬであろうし、その、何かあっては困るから共に乗った方がよいというだけで、別に邪な意図で共に乗るわけでは」


 番犬、兼、タクシー。狛ちゃんがしっぽを揺らしながら太い四肢を折って伏せで待っている。

 この大きさの生き物に一人で乗る勇気はないので、一生懸命説明しているミコト様にわかったからと頷いて狛ちゃんに乗ることにした。鞍の前側に手をかけて、ヨイショとプールから上がる要領で乗り上げる。紫色のすべすべな生地で作られた座布団はフッカフカだった。くるっと振り返って、狛ちゃんに対して横向きになるように足を揃えた。


「よし、乗れましたよミコト様」

「の……乗れたな……一人で……流石はルリだ……一人で……」


 私が乗せたかったと呟きながら、ミコト様も身軽な動作で座布団の後ろ半分に乗ってくる。動きが自然なので、乗馬の要領なのか、もしかしたら狛ちゃんに乗るのは珍しいことではないのかもしれない。慣れた仕草で乗馬とかしていると絶対にかっこいいはずだ。今度頼んだら見せてもらえるだろうか。


「で、では行くぞ」


 狛ちゃんが立ち上がる動作で結構揺れて、私は後ろにいるミコト様にしがみつく。ぎこちなく固まりながらも、ミコト様は飛ぶと揺れはないからと支えてくれた。

 先に身軽な獅子ちゃんが大きな脚で飛び立って、それを追うように狛ちゃんも出発する。並んでいたタヌキ達がわらわらとまた集まってこちらに手をのばすように伸び上がっていた。手を振ると、クンクンと声が聞こえてくる。


「かわいいー。ミコト様、大歓迎でしたね」

「あそこの一族は素直な者が多く、代々よく働く者を出仕させてくるからな。ルリのことも歓迎していたろう。挨拶に出向いた若者がいたとか」

「あぁ……」


 そういえばタヌキっぽい顔の子供に話しかけられたことがあるけれど、あれのことだろうか。

 ミコト様によると、動物や妖怪などの比較的力の弱い者は仕えたり土地で取れる食事を献上したりすることで神様に住処を守ってもらう者も少なくないそうだ。タヌキやキツネは動物の中では変化が得意なものが多いので、神様のお屋敷で使用人をしたり現世で人間との渡りをつけたりすることで重宝されることもおおいらしい。そうして働いているうちに力を溜めて、ただの動物や妖怪の域を超えるものも昔は多かったそうだ。


「狐より性悪が少ないので私は狸をよく使うておるが、知恵の働く狐を使う者も多いな」

「ああ、お稲荷さんとかそんなイメージですね。確かにお屋敷でキツネっぽい人はほとんど見ないような」

「女狐は手っ取り早く力を溜めようと夜這いをしたりするからな……あ、いや! もちろんそんなものには絆されぬぞ! 私はそういう! 遊びなどは嫌いで! これと思った相手とこそ枕を交わそうとずっと思ってきたわけで!」


 さらっと童貞宣言をしているような気がするけれど、ミコト様のためにスルーしておいてあげることにする。やらないことで得る平和というのも世の中には結構あるものである。

 沈黙するといろいろと気まずいからかその後もミコト様があれこれと話題を提供してくれたので、百田くんを攫ったらしい神様のいる場所へは1時間くらいかかったけれどそれほど退屈することはなかった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ